日番谷は自室で座り込んでいた。
夜はすっかり更け、すでに日付は変わっている。
だが、それでも日番谷は何か考え事をしているらしく、眠る素振りすら見せなかった。
その視線の先にはの斬魄刀・曼珠沙華がある。
のことを乱菊に任せた後、日番谷は曼珠沙華を保管庫に戻さずまっすぐ自室へと戻ってきた。
全ては曼珠沙華はどうやってのところへ移動したのかを確かめるためだった。
斬魄刀が勝手に移動するなんてことはありえない。
誰かが保管庫の鍵を開けて移動させた。普通ならそれしか考えられないだろう。
『……それでも、納得できない自分がいる』
だからこそ、日番谷は自分の目で確かめることにしたのだ。
日番谷は曼珠沙華に触れる。
すると、
『真実が知りたいのなら、こっちに来い』
日番谷の心に響いた声。
刹那、日番谷の視界がぐらりと揺らいだ。
わけが分からないまま、日番谷は意識を手放した。
気がついたら、そこは一面の氷原だった。
白と青がどこまでも広がっている世界。
見覚えがある場所だった。なぜなら、ここは……日番谷の斬魄刀・氷輪丸の世界なのだから。
「どうして…」
「気に入らなかったようだな」
日番谷の耳に声が響いた。
日番谷は、周りを見回すが、誰もいない。
そんな日番谷が可笑しいのか、今度は笑い声が聞こえた。
「後ろだ」
そう言われ日番谷が素直に後ろを振り返ると、そこには一本の大きな氷柱があった。
柱は鏡のように透き通っていて、日番谷の姿が映し出されている。
両の腕を組み、笑みを浮かべながら日番谷を見つめている鏡の中の『日番谷』。
それを見て、日番谷はすぐに分かった。目の前にいるのはの斬魄刀・曼珠沙華だと。
曼珠沙華の口元の笑みがさらに上がる。
「こんな形になって悪いな。お前と話すためにはこうするしかなくてな」
「……こんなことができるのか」
「まぁな。だが、主以外の者と話すのは初めてだ」
「…………」
曼珠沙華の口から主という言葉を聞いた途端、日番谷は徐々に俯いてしまった。
のことを思い出して、少し胸が苦しくなったからだ。
曼珠沙華は、そんな日番谷に優しく微笑み、言う。
「主なら大丈夫だ。明日になればいつものように笑っている」
「やっぱりお前がを助けたんだな」
「あぁ。主を護るのは我の役目だからな」
『やはり曼珠沙華が自分の意志で移動したのか』
日番谷はそう心の中で呟いた。
すると、曼珠沙華は日番谷に尋ねる。
「さて、お前はどうするのだ?」
日番谷は知ってしまった。曼珠沙華の異質に気付いてしまった。
知らなかったことにはできない。気付かなかった頃にはもう戻れない。
それからどうするかは、日番谷が決めること。
微笑みを崩さずに曼珠沙華は日番谷のことを見つめている。日番谷の答えを静かに待っている。
日番谷は考えていた。心の中で自分自身に尋ねていた。
普通とは違うことやありえない存在は世界にとって異質なものとされる。
日番谷は知っている。苦しみを、悲しみを、悔しさを。痛いほど分かる。
だからこそ……。
「護る。絶対に」
曼珠沙華は満足そうに、心から笑った。
すると、突然氷柱が崩れた。
音もなく形を無くしていく氷。その一粒一粒が小さな光となり、日番谷を優しく包み込んでいく。
そんな中で日番谷は見つめていた。目を開けていられなくなるまで、目を閉じてしまうまで、ずっと。
朝の光を全身で浴びて目を覚ました日番谷。
周りを見回すが、どこにも曼珠沙華がなかった。
「のところへ行ったのか…」
眩しい朝日を見つめながら、日番谷は小さく微笑んだ。
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