「今すぐ持ってきますね!」
執務室から出て行く。
足音が聞こえなくなるまで日番谷も乱菊も黙ったままだった。
周りが完全に無音になると、日番谷は乱菊のことを睨み、ゆっくりと口を開いた。
「わざと外に出したな」
「えっ?なんのことですかぁ?」
日番谷にそう言われて、とぼける乱菊だったが、
「……ほう。仕事増やされたいようだな?」
「すみません!わざとでした!」
日番谷のきつい一言を聞いて直ちに前言を撤回した。
日番谷は腕を組み、不機嫌そうに言う。
「なんでそんなことをした?」
「隊長、に元気がない理由を聞こうとしましたよね?でも、今のに何を聞いても何も答えない。そう思ったからです」
「…………」
乱菊の答えを聞いて、日番谷は黙り込んでしまった。
乱菊の言うとおり、日番谷はに聞こうとした。
何か悩んでいることがあるのなら話せと言うつもりだった。
だが、自分の悩みを他人に話すことは難しい。
相手を信頼していなければ不可能だ。
たとえもし悩みを打ち明けられたとしても、それを解決することはさらに難しい。
おそらく何もできない可能性のほうが高いだろう。
それを考えれば、乱菊の行動は正しいのかもしれない。
けれど、それでも日番谷は納得できなかった。
部下を心配することは駄目なのか?
大事な部下が悩んでいるのに何もしないでただ見ていることしかできないのか?
そう思った瞬間、自分の無力さを感じた。
ふがいない自分が悔しくて日番谷は強く拳を握り締める。
そんな日番谷を見て、乱菊は優しく笑みを浮かべて言う。
「今は無理ですけど、未来のことは分かりません。から話してくれるときが来ます。それまで見守りましょう?」
『助けることも大切だが、それと同じくらい見守ることも大切なんだ』
日番谷の心の中で乱菊と自分の声がこだました。
に言った言葉が日番谷の耳に響く。
己の拳を握る力が、自身を傷付ける力が弱まった。
乱菊の言葉を聞いて、日番谷は『こんな俺でもできることはある』と心から思えることができた。
言葉にすることはしないけれど、乱菊に心から感謝していた。
その代わりに日番谷は小さく、穏やかに微笑む。
それを見た乱菊の笑みに嬉しさが増した。
しばらくの間、二人は笑い合っていた。
けれど、
「で、書類はできたか?」
日番谷の一言で乱菊の笑みが一瞬で凍りついた。
日番谷は相変わらず笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
目をそらしたい乱菊だったが、日番谷の眼差しは決してそれを許さなかった。
「……まだです」
正直に告白する乱菊。
それを聞いた途端、日番谷から笑顔が消えた。
眉間には皺が深く刻まれ、大きくため息をつく日番谷。
「終わらせてくれ。頼むから」
「………頑張ります」
日番谷の悲痛な叫びを聞いて、乱菊は再び仕事を再開した。
未だ雨は降り続いている。
静かな時間が流れる執務室。
日番谷も乱菊も喋ろうとしないのだから当然といえば当然なのだが、どちらも落ち着かなかった。
いつもいる場所なのに居心地が悪くて仕方がない。
その原因はひとつだった。
「、遅いですねぇ」
「…………」
我慢できなくなって、乱菊が長い沈黙を破った。
対する日番谷は返事を返さずに黙ったままだったが、乱菊と同じ気持ちだった。
が執務室を出て、かなりの時間が経つ。
だが、一向にが戻ってくる気配はない。
が心配で二人の表情が歪んでいく。
時間が刻一刻と過ぎていくたびに、その色が濃くなっていった。
今までずっと席についていた日番谷だったが、ようやくその腰を上げた。
日番谷は、乱菊のほうを見て小さく、だがはっきりと言う。
「……ちょっと出てくる」
「はい。何かあったら呼んでください」
「あぁ」
そう言うと、日番谷は執務室を後にした。
まずは霊圧を探り、がいる場所を探した。
ザァァァァ
だんだん強くなっていく雨音。
執務室から出ただけで身体が震え、日番谷の焦りが次第に大きくなっていく。
けれど、がどこにいるのか分からない。
なんとか霊圧は感じるのだがとても小さく、はっきりと居場所を感知することができなかった。
「くそっ!どこにいんだよ!」
日番谷は、これ以上待つことができなくなり、走り出した。
歩を進めながらも霊圧を探すことを怠らない日番谷。
の霊圧が少しずつ近付いてくるのが分かった。
すると、
「なんだ?」
日番谷は暗闇の中で光を見た。
十番隊修練場へと向かう道の途中にある小さな庭で、何かが光っている。
その光に引き寄せられるように、日番谷はそこへ向かった。
雨に打たれて身体はずぶ濡れになってしまうが、気にならなかった。
目の前までやってきて、ようやく日番谷は光の先にあるものが何なのかを知った。
「……………」
そこにはがいた。
地面に倒れているの姿が日番谷の眼に映る。
それは、人形のように、生きていないモノのようだった。
「!しっかりしろ!!!」
日番谷はの身体を揺らし、何度もの名を呼ぶ。
だが、は全く動かず、身体も氷のように冷たくなっていた。
「くそっ!」
日番谷はの身体を抱えた。
そして、瞬歩で四番隊・綜合救護詰所へと急ぐ。
の無事を、ただひたすら祈りながら…。
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