羽根のように軽い体。陽だまりのように温かい心。
夢の中にいるような、宙に浮かんでいるような空間で、は静かに微笑む。
とても穏やかで、温かい笑顔。
だが、曼珠沙華は俯いたまま、ずっと黙っていた。
を見ることもできず、に何も言えず、ただそこにいるだけ。
それでもから笑みが消えることはなかった。
は曼珠沙華をまっすぐ見つめ、言う。
「シロさん、逝ったよ。やっと兄上に逢えるって、すごく満足そうな顔してた」
「……そうか…」
ようやく曼珠沙華の口から出てきたのは、たった一言の言葉。それしか出てこない。
その代わりに溢れる涙。頬を伝い落ちていく雫の一つ一つは曼珠沙華の想い。
言葉にできないほど、数え切れないほど、たくさんの感情。
抑えることはない。隠すこともない。ただひたすら泣き続ける曼珠沙華。
それができるのは、
ぎゅっ
一人じゃないから。
に抱きしめられて、曼珠沙華はそれを知った。
耳を澄ませば優しい鼓動が聞こえる。
の温もりが曼珠沙華に伝わってくる。の気持ちも一緒に。
『ここにいる。ずっとそばにいる』
言葉にしなくても分かった。心と心が通じ合っているから。
だからこそ、伝えることを決めた。ずっと言えなかったことを、全て。
今なら伝えられると思うから。
「話したいことがある。聞いてくれるか?」
今のは全てを知っても大丈夫だと、全てを知った上で受け入れてくれると、心から信じているから。
「お前が"シロさん"と呼んでいたあいつは、お前の兄・晄の斬魄刀だ。本当の名前は"曼荼羅華"という」
曼珠沙華と曼荼羅華。
他人とは思えないほど、鏡に映したように、すごく似ている二人。
その理由は……。
「曼荼羅華は我の双子の兄だ」
曼珠沙華が生まれたとき、曼荼羅華も生まれた。
曼珠沙華のそばには、いつだって曼荼羅華がいた。
一緒に生まれて、一緒に生きてきた。
これからもずっと一緒だと思っていた。
晄と曼荼羅華があの事件を起こすまで…。
「どうして……どうしてこんなことになったんだ…」
「…さぁ、どうしてだろうな」
曼珠沙華と曼荼羅華は対峙していた。
片方は今にも泣きそうな顔で、もう片方は困ったような顔で。
どちらも悲しそうな瞳で互いを見つめていた。
けれど、
「ちゃんと答えろよ!!」
曼珠沙華の紅い瞳。怒りの色が濃くなる。
曼荼羅華の胸倉を掴み、感情をぶつけるように、叫ぶ。
曼荼羅華は、小さなため息をつき、答えた。
「虚だと思った。同期も、両親も、妹も、全て」
「……なっ…!?」
それを聞き、絶句する曼珠沙華。驚きすぎて、言葉が出てこない。
虚だと思ったなんて、そんなことあるわけがない。
「……信じる、信じないはお前の自由だ。好きにしろ」
そう言って、曼荼羅華は笑った。
口角を上げただけの作り笑いだった。
だが、それでも曼荼羅華の瞳に嘘偽りは無かった。
だからこそ、
「信じる」
曼珠沙華は信じる道を選んだ。
たとえ他の誰も信じなくても、世界を敵に廻しても。
「我がお前を信じないわけないだろ?曼荼羅華」
「……ありがとな。曼珠沙華」
「…………」
「……………」
長い沈黙が続いた。
言いたかったことは全て伝えた。
あとはの言葉を、が自分の気持ちを話してくれるのを待つだけだ。
ゆっくりと深呼吸した後、は口を開いた。
一つ一つの言葉を紡いでいく。
今の自分の気持ちを伝えるために。丁寧に、慎重に、ゆっくりと。
「シロさんに初めて会ったとき、不思議な人だなって思った。兄上にそっくりだなって思ったから」
姿も背丈も違うけど、二人は似ていた。
どこが似ているのか、はっきり言えなかったけれど。
「シロさんが兄上の斬魄刀だったのは、なんとなく分かってた」
晄を失って、曼珠沙華に会った。
死神や斬魄刀のことを知って、晄と曼荼羅華の関係が分かった。
それでも、まだ分からないことがあった。
『どうしてシロさんと曼珠沙華は似ているんだろう?』
考えても考えても分からなくて、それゆえに言葉にできなかった。
曼珠沙華なら知っている。
そう思っていても聞けなかった。
聞いてはいけないような、知ってはいけないような、そんな気がしてたから。
それでも、ずっと気になっていた。
その答えがようやく分かった。
曼珠沙華は全てを打ち明けてくれた。
だから、も全てを打ち明けることを決めた。
「私、ずっと独りだと思ってた。いなくなった兄上とシロさんのことを憎んだときもあった。自分のことがずっと大嫌いだった」
心の中に巣食っていた深い闇。
今までずっと闇の中に閉じ込めてしまった光。
自分で縛り付けていた呪いから解放された。
晄と曼荼羅華、曼珠沙華。三人の気持ちを知ったから。
「私は幸せ者だね。兄上に、シロさん、曼珠沙華。三人に愛されて、大切に守られて」
「我は…何も……」
それを聞いて、曼珠沙華は視線を落とし、顔を歪めた。
を守ろうとしたけれど、守れなかった。
曼荼羅華の仇を討ちたかったけれど、叶わなかった。
「……我は、何にもできなかった…」
「そんなことない。曼珠沙華は私のそばにいてくれた。私との約束を守ってくれた」
「曼珠沙華。ずっと私のそばにいてくれる?」
「お前がそう決めたのならば、我はそれに従おう。お前が我とともに在る限り、我はお前とともに有るのだから」
の初めての願い。
晄を失って、独りでいることがつらくて、そう願わずにはいられなかったから。
曼珠沙華はの願いを叶えてくれた。ずっとそばにいてくれた。
は独りじゃなかった。だから今まで生きてこれた。
そのことに気付かなかったのは、自分のことしか考えていなかったから。
周りの気持ちを知って、胸に手を当てて、心に問いかけて、気付くことができた。
そうして自分の本当の気持ちが分かった。
「私、生きたい。誰かのためじゃなくて、自分のために。兄上とシロさんの分まで、精一杯生きたい」
「我もだ。とともに生きたい」
曼珠沙華に名前で呼ばれて、はすごく驚いた表情を浮かべたが、とても嬉しそうに笑った。
曼珠沙華に手を差し伸べる。
の手を握り締める曼珠沙華。
触れ合う手と手。新たな約束を交わした証。
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