24.終焉(中編)




真っ暗な空間。
光が一切届かない闇の世界から響き渡る声。それは闇よりも深い闇の声。
暗闇に慣れたの目に映ったのは、

「やぁ、君。久しぶりだね」
「……藍染…隊長…」

五番隊隊長・藍染惣右介だった。
あの日、あの場所で死んだはずの藍染が生きていた。
その理由はただひとつ。
藍染が全ての元凶だったのだ。
全ての死神たちは藍染の掌で転がされていたのだ。

「僕を見ても驚かないということは、もう気付いているだろう?僕が今まで何をしてきたのか、これから何をしようとしているのか」
「…………」

は答えない。その質問に答える必要がないと思うからこそ、黙ったまま藍染を見つめている。

『私は…みんなを守りたい!』

は刀に触れ、柄をぎゅっと握り締めた。同時に霊圧を上げる。
自分では藍染に敵わないと分かっていたけれど、自分が止めなければと思うから。
刺し違えても藍染を止めると心に決めて、は刀を構えた。
それでも藍染は笑みを浮かべたまま、に言う。

「君は本当に面白いね。誰一人として僕の本当の姿を理解していなかったのに、君は違った。君だけが本当の僕を理解していた」

だけが気付いていた。
普段の藍染は偽りだと。仮面を被り、本当の自分を隠していると。
それに気付くことができたのは、

「私も同じですから」

も本当の自分を隠しているから。
も仮面を被っているからこそ、藍染の仮面に気付いた。
そして、藍染も気付いていた。
初めてに会ったときから懐かしい感じがして、ずっと前に逢ったような気がした。
そのとき感じた既視感。その理由がようやく分かった。


天上晄-あまうえひかる-


藍染が口にしたある人物の名前。
それは、

「なぜ…兄上の名を知っているのですか?」

の兄だった。
は目を大きく見開き藍染に問う。だが、

「なぜかな」

藍染はの質問に答えない。
困惑するを見て、楽しんでいるようだった。
そんな藍染に腹を立てながらも、はもう一度、理由を尋ねようとした。
けれど……。


ぐにゃ


急に意識が遠くなり、は自分の身体を支えられず崩れた。



「君が君の斬魄刀か」

確かめるように藍染は言う。
その視線の先には、具象化した曼珠沙華の姿があった。
片方の手で気を失ったを支え、もう片方の手で刀を握り締めている。
をその場に寝かせると、曼珠沙華は藍染をまっすぐ見つめた。
その紅い瞳は怒りと殺意に溢れ、紅蓮の炎のようだった。
曼珠沙華が己の感情をあらわにして理由。それは……。

「貴様が主の兄とアイツを…曼荼羅華-まんだらげ-を殺したのだな」
「…………」


昔、瀞霊廷内で起きたある事件。
護廷十三隊の隊員が同期・自分の家族を殺した。理由は不明。
彼の名は、天上晄。
曼珠沙華の脳裏に浮かぶ映像。
あの日、世界は赤い、紅い、血によって染められた。

「兄上…」
「…………」

晄はとても悲しそうな瞳で、とてもつらそうな顔で、の目の前にやってきた。
キラリ、と輝く白刃。怖くないといえば嘘になる。
けれど、

「……大好きだよ…兄上」
「……………」

は逃げなかった。目を閉じて、自分の運命を受け入れた。
『兄の刃でなら死んでもいい』と思っていた。

「………?」

いつまで経っても痛みはない。一向に訪れない死の瞬間。
がゆっくりと目を開けると、その目には驚きと困惑の表情を浮かべる晄がいた。
一目見ただけで分かった。いつもの兄だと。

ガシャン

刀を落とす音が響いた。
晄は血にまみれた自分の体を見て、に言う。

…。俺は……」

自分が何をしたのか分からないと。晄の瞳はそう訴えていた。
その後、隠密機動によって捕縛、中央四十六室の裁定により晄は処刑された。


曼珠沙華は刀を構え、その切っ先を藍染に向けた。
霊圧を上げ、殺意を剥き出しにして、問う。

「もう一度聞く。あの二人を殺したのは貴様だな」
「……だとしたら?」


「殺す」


そう言うと、曼珠沙華は刀を強く握り締めた。
本気だった。本気で藍染を殺すつもりだった。
けれど、


「………っ!?」


藍染が消えた。
気がついたときには、そこに藍染の姿はなく、一瞬の出来事だった。
驚き見開く曼珠沙華が周囲を見回したときには、

「ああああ!!!」

終わっていた。
腹部に激痛が走り、悲鳴を上げる曼珠沙華。
視線を下へと移すと、白い光と赤い液体が見えた。
藍染の斬魄刀が曼珠沙華の身体を貫き、そこからは血が溢れていた。
曼珠沙華の手から刀が滑り落ちる。
遠くなっていく意識の中で、

「曼珠沙華!」

の声が、の笑顔が、消えていく。

「………」

完全に意識を手放す前に、暗闇の取り込まれてしまう前に、の名を呼んだ。



黒、黒、黒。
辺り一面、見渡す限り、全て黒。
完全なる暗闇の世界で、は一人考えていた。

「お前にとって俺は何だ?」

の心に蘇る日番谷の声。
それだけで、胸が苦しくなる。涙がこぼれそうになる。

「……それは…どういう意味ですか?」

あのとき、日番谷にそう尋ねられて、は答えられなかった。
答えてはいけないと。自分の気持ちを伝えてはいけないと。
自分に言い聞かせていたから。
遠い遠い、過去の決意がを頑なにさせた。

「私は……死神になる。兄上のために生きる」

の脳裏に浮かぶ映像。
大好きな人を失う悲しみ。
手を伸ばしたのに掴めなかった苦しみ。
それは忘れられない記憶。心の傷は未だ癒えていない。


何かをするとき、何かを言うとき、は必ず考えることがあった。
『こんなとき兄上はどうするだろう』と。
自分の中にいる晄と照らし合わせながら今までずっと生きてきた。
"兄上のようになること"が"兄上のために生きること"だから。

「私、あなたと友達になりたい」
「私は三席で、副官補佐です。副隊長である乱菊さんを助けることが自分の仕事です」

ルキアと友達になったのも、どんなことにも一生懸命なのも、全て偽り。
晄の気持ち、晄の真似だった。

『そうすれば、私の中で兄上は生きている』

そう思っていた。たとえ自分がいなくても、みんなを騙しているとしても、晄が生きていればそれでよかったから。
が被り続けてきた仮面。
ずっと本当の自分を隠し続けてきた。
ずっと本当の気持ちを殺し続けてきた。
けれど……。

『これからも続ける気か?そんなことしても全然嬉しくないぞ』

暗闇の中、聞こえてくる声。胸が痛くて、耳をふさぎたい。
それなのに、にはそれができない。
晄の声に似ているから。ずっと聞いていたいと思ってしまうから。

『前にも言っただろ。思い出せ。あのときのことを。二人の約束を』
「あのとき?約束?」

の中にある記憶の欠片。一つ一つを確かめて、探していく。
晄と初めて約束した、あのときを。







  



 (09.02.25)

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