極刑開始からまもなく各隊・全隊士にある指令が下った。
『六番隊副隊長・阿散井恋次と十番隊第三席・が極囚・朽木ルキアを連れて逃亡。三人を発見、捕縛せよ』と。
誰もが耳を疑ったが、隊士達は命令に従い、捜索を開始した。
「いたか?」
「いや…。あっちを探せ!」
各隊の隊士が行き交う中、恋次・はルキアを連れて逃げていた。
自分達以外はみんな敵。捕まったら殺される。いつ終わるか分からない。
考えただけでもかなり辛い状況だった。
それでも立ち止まるわけにはいかない。絶対に、諦めてはいけない。
「連れてけ!!!」
一護がそう言ったから。一護から思いを託されたから。
守らなければ。ルキアを。
決めたのだから。放さないと。
故に、恋次とは走り続けている。
双極の丘で、己の全てを懸けて、戦っている一護のために。そして、自分自身のために。
けれど、
「放せ…!放してくれ、恋次…っ!…!一護を…一護を助けねば…!」
ルキアが一護を助けに行くと言い始めた。
『一護を助けたい!一護だけは助けなければ…!』
瞳でそう訴えているルキアに、は「ダメだよ」と言おうとしたが……。
「だーもーゴチャゴチャうるせえな、テメーは!!逃げてるっつーのに騒ぐんじゃねえよ!見つかったらどーすんだコラ!!」
先を越されてしまった。
恋次は、いつだって自分が思ったことをそのまま言葉にする。
いつものなら『恋次君らしいな』と思うだろう。だが、
「声がしたぞ!あっちか!?」
今は状況が違う。
『追われている身なのに大声を出してどうするの…』
は心の中でそう思い、大きくため息をついた。
けれど、
「ほれみろ、言わんこっちゃねえ!!急ぐぞ!!」
自分の失態をルキアのせいにする恋次。どう考えても恋次のせいなのに…。
これには心底呆れてしまい、はさらに大きなため息をついた。
すると、
「…あの野郎……一護はオメーに借りを返したいと言ってた…」
「私に……借り?」
突然、恋次が一護のことを話し始めた。
それは……一護の本心だった。
「"俺はルキアに命を救われた。俺はルキアに運命を変えて貰った。ルキアに出会って死神になったから…俺は今こうして皆を護って戦える"」
『私の所為で運命をねじ曲げ、ひどく傷つけてしまった…。何をしても償いきれぬ―――…』
ルキアはずっと自分を責めていた。
責めて、責めて、責め続けてきた。
自分といると不幸になる、と。
自分という存在は周りに不幸を呼ぶ、と。
だから、自分なんか死んだほうがいい。
極刑を一番望んでいたのは、ルキア自身だった。
だが、恋次の言葉を聞いて、一護の本当の気持ちを知って、そんな気持ちはどこかに行ってしまった。
心の枷がようやく外れた。
「…ゴチャゴチャ悩み過ぎなんだよ、テメーは。昔っからな。誰もテメーが思うほどテメーを悪く思っちゃいねえよ。自分ばっか責めてんじゃねえ。何でもかんでも背負って立てる程、テメーは頑丈じゃねえだろうが」
『……あんまり無理しないでくださいよ。さんは無理しすぎるときがあるんすから』
今の恋次の言葉と、前に恋次に言われた言葉。
両方がの心に響いて、少し痛かった。
だが、恋次は続けて、言う。
「分けろ。俺の肩にも、一護の肩にも。ちょっとずつ乗っけて、ちょっとずつ立ちゃいい。その為に俺達は強くなったんだ…」
『なんでも一人でやろうとすんな。もっと周りを頼れ』
三席になったばかりの頃、肩に力が入っていた自分。
日番谷の役に立ちたくて、全て上手くこなそうとしていた自分。
そんなに、日番谷は言った。
一人でやろうとするな、と。もっと周りを頼れ、と。
日番谷は、一人じゃないことを教えてくれた。
あのときの気持ちがの心によみがえる。
自分の胸にそっと手を当てて、ぎゅっと握り締める。
すると、の頬を熱い何かが伝い、落ちた。
それは涙だった。
手で涙をぬぐうが、駄目だった。涙が溢れて、止まらなかった。
逃亡を続ける三人だが、次第にそれも厳しくなってきた。
精気を感じて追っ手の位置を調べるたびに、その距離が徐々に近付いているのが分かった。
遭遇はしていないが、それも時間の問題だろう。
これからどうしようか、が頭の中で考えようとした、そのときだった。
「…………!!」
全身に電流のようなものが走った。
震え出す体。何かに怯える心。
は体をぎゅっと抱きしめるが、それでも震えは止まらない。
の心を蝕む恐怖。少しずつ、けれど確実に大きくなっていく。
震える体が訴える。怯える心が叫んでいる。
気をつけろ、気をつけろ、と。
前にも感じたことがある不安感。
これはへの警告だった。
何に対しての警告なのか、にも分からない。
分からないからこそ、
「……………」
は、歩みを止め、目を閉じ、考えた。
考えて、考えて、考えて、ひたすら考え続けて、そうして浮かんだ一人の人物。
「……隊…長…」
暗闇の中、日番谷の背中が浮かび、の心に焼きついた。
は、すぐさま日番谷の居場所を探した。
今、日番谷は乱菊と移動している。
さっきまで二人がいた場所は……中央地下議事堂。
そして、そこに入れ替わるようにやってきたのは、
「桃ちゃん…。どうして……」
雛森だった。
なぜ雛森が中央四十六室にやってきたのかは分からない。
だが、これからそこで起こることは分かった。
の脳裏に最悪の状況が浮かび、
『止めなくちゃ!!』
目を開けて、中央四十六室へ向かおうとした。
けれど、すぐに立ち止まってしまった。
足に根が生えたように一歩も動かない。
その理由は、目を開けたときに一番最初に見たのがルキアだったから。
今回の騒乱はルキアを殺すことが目的。
極刑を仕組んだのは、そうしないとルキアの体の中にある崩玉は手に入らないから。
双極である毀煌王は浮竹と京楽によって破壊された。
双極がない以上、崩玉を手に入れることはできない。
だが、それでもは安心できなかった。
あの人はこんなことで諦めるような人ではない、と。
きっと何かを仕掛けてくる、と。
はそう確信していた。
だからこそ、ずっとルキアのそばにいたのだ。
自分の力でルキアを守れるように。
ずっと掴めなかった手。
ようやくこの手に掴んだ。
もうこの手を離さないと決めた。
けれど……。
『どうしよう…』
ルキアか、日番谷か。
どちらか片方を選ぶなんて、にはできなかった。
の視線が徐々に下がっていき、地面を向いてしまった……そのときだった。
「行ってこい」
突如、響いた声。
それは、闇の中を照らす一筋の光だった。
はっと顔を上げたが見たのは、ルキアの笑顔だった。
ルキアは笑顔のままで、もう一度、に言う。
「気になることがあるのだろう?」
「でも……」
「私のことは案ずるな。だから、行ってこい」
「ルキア……」
「そして、無事に戻って来い」
足枷にはなりたくない。
には自由に、自分の心に素直になってほしい。
ルキアにとって、は大切な友達だから。
は心の中が熱くなるのが分かった。
ルキアの優しい気持ちが、ルキアの強い思いが、に伝わってきた。
は、まだ笑うことはできないけれど、ルキアをまっすぐ見つめて、言う。
「ありがとう。ルキア。……行ってくる」
「行ってこい。そして、また会おう」
「うん!ルキアも、気をつけてね!!」
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