24.終焉(前編)




極刑開始からまもなく各隊・全隊士にある指令が下った。
『六番隊副隊長・阿散井恋次と十番隊第三席・が極囚・朽木ルキアを連れて逃亡。三人を発見、捕縛せよ』と。
誰もが耳を疑ったが、隊士達は命令に従い、捜索を開始した。

「いたか?」
「いや…。あっちを探せ!」

各隊の隊士が行き交う中、恋次・はルキアを連れて逃げていた。
自分達以外はみんな敵。捕まったら殺される。いつ終わるか分からない。
考えただけでもかなり辛い状況だった。
それでも立ち止まるわけにはいかない。絶対に、諦めてはいけない。

「連れてけ!!!」

一護がそう言ったから。一護から思いを託されたから。
守らなければ。ルキアを。
決めたのだから。放さないと。
故に、恋次とは走り続けている。
双極の丘で、己の全てを懸けて、戦っている一護のために。そして、自分自身のために。
けれど、

「放せ…!放してくれ、恋次…っ!…!一護を…一護を助けねば…!」

ルキアが一護を助けに行くと言い始めた。

『一護を助けたい!一護だけは助けなければ…!』

瞳でそう訴えているルキアに、は「ダメだよ」と言おうとしたが……。

「だーもーゴチャゴチャうるせえな、テメーは!!逃げてるっつーのに騒ぐんじゃねえよ!見つかったらどーすんだコラ!!」

先を越されてしまった。
恋次は、いつだって自分が思ったことをそのまま言葉にする。
いつものなら『恋次君らしいな』と思うだろう。だが、


「声がしたぞ!あっちか!?」


今は状況が違う。

『追われている身なのに大声を出してどうするの…』

は心の中でそう思い、大きくため息をついた。
けれど、

「ほれみろ、言わんこっちゃねえ!!急ぐぞ!!」

自分の失態をルキアのせいにする恋次。どう考えても恋次のせいなのに…。
これには心底呆れてしまい、はさらに大きなため息をついた。
すると、

「…あの野郎……一護はオメーに借りを返したいと言ってた…」
「私に……借り?」

突然、恋次が一護のことを話し始めた。
それは……一護の本心だった。

「"俺はルキアに命を救われた。俺はルキアに運命を変えて貰った。ルキアに出会って死神になったから…俺は今こうして皆を護って戦える"」


『私の所為で運命をねじ曲げ、ひどく傷つけてしまった…。何をしても償いきれぬ―――…』


ルキアはずっと自分を責めていた。
責めて、責めて、責め続けてきた。
自分といると不幸になる、と。
自分という存在は周りに不幸を呼ぶ、と。
だから、自分なんか死んだほうがいい。
極刑を一番望んでいたのは、ルキア自身だった。
だが、恋次の言葉を聞いて、一護の本当の気持ちを知って、そんな気持ちはどこかに行ってしまった。
心の枷がようやく外れた。

「…ゴチャゴチャ悩み過ぎなんだよ、テメーは。昔っからな。誰もテメーが思うほどテメーを悪く思っちゃいねえよ。自分ばっか責めてんじゃねえ。何でもかんでも背負って立てる程、テメーは頑丈じゃねえだろうが」


『……あんまり無理しないでくださいよ。さんは無理しすぎるときがあるんすから』


今の恋次の言葉と、前に恋次に言われた言葉。
両方がの心に響いて、少し痛かった。
だが、恋次は続けて、言う。

「分けろ。俺の肩にも、一護-あいつ-の肩にも。ちょっとずつ乗っけて、ちょっとずつ立ちゃいい。その為に俺達は強くなったんだ…」


『なんでも一人でやろうとすんな。もっと周りを頼れ』

三席になったばかりの頃、肩に力が入っていた自分。
日番谷の役に立ちたくて、全て上手くこなそうとしていた自分。
そんなに、日番谷は言った。
一人でやろうとするな、と。もっと周りを頼れ、と。
日番谷は、一人じゃないことを教えてくれた。
あのときの気持ちがの心によみがえる。
自分の胸にそっと手を当てて、ぎゅっと握り締める
すると、の頬を熱い何かが伝い、落ちた。
それは涙だった。
手で涙をぬぐうが、駄目だった。涙が溢れて、止まらなかった。



逃亡を続ける三人だが、次第にそれも厳しくなってきた。
精気を感じて追っ手の位置を調べるたびに、その距離が徐々に近付いているのが分かった。
遭遇はしていないが、それも時間の問題だろう。
これからどうしようか、が頭の中で考えようとした、そのときだった。

「…………!!」

全身に電流のようなものが走った。
震え出す体。何かに怯える心。
は体をぎゅっと抱きしめるが、それでも震えは止まらない。
の心を蝕む恐怖。少しずつ、けれど確実に大きくなっていく。
震える体が訴える。怯える心が叫んでいる。
気をつけろ、気をつけろ、と。
前にも感じたことがある不安感。
これはへの警告だった。
何に対しての警告なのか、にも分からない。
分からないからこそ、

「……………」

は、歩みを止め、目を閉じ、考えた。
考えて、考えて、考えて、ひたすら考え続けて、そうして浮かんだ一人の人物。


「……隊…長…」


暗闇の中、日番谷の背中が浮かび、の心に焼きついた。
は、すぐさま日番谷の居場所を探した。
今、日番谷は乱菊と移動している。
さっきまで二人がいた場所は……中央地下議事堂。
そして、そこに入れ替わるようにやってきたのは、

「桃ちゃん…。どうして……」

雛森だった。
なぜ雛森が中央四十六室にやってきたのかは分からない。
だが、これからそこで起こることは分かった。
の脳裏に最悪の状況が浮かび、

『止めなくちゃ!!』

目を開けて、中央四十六室へ向かおうとした。
けれど、すぐに立ち止まってしまった
足に根が生えたように一歩も動かない。
その理由は、目を開けたときに一番最初に見たのがルキアだったから。


今回の騒乱はルキアを殺すことが目的。
極刑を仕組んだのは、そうしないとルキアの体の中にある崩玉は手に入らないから。
双極である毀煌王は浮竹と京楽によって破壊された。
双極がない以上、崩玉を手に入れることはできない。
だが、それでもは安心できなかった。
あの人・・・はこんなことで諦めるような人ではない、と。
きっと何かを仕掛けてくる、と。
はそう確信していた。
だからこそ、ずっとルキアのそばにいたのだ。
自分の力でルキアを守れるように。


ずっと掴めなかった手。
ようやくこの手に掴んだ。
もうこの手を離さないと決めた。


けれど……。


『どうしよう…』


ルキアか、日番谷か。
どちらか片方を選ぶなんて、にはできなかった。
の視線が徐々に下がっていき、地面を向いてしまった……そのときだった。

「行ってこい」

突如、響いた声。
それは、闇の中を照らす一筋の光だった。
はっと顔を上げたが見たのは、ルキアの笑顔だった。
ルキアは笑顔のままで、もう一度、に言う。

「気になることがあるのだろう?」
「でも……」
「私のことは案ずるな。だから、行ってこい」
「ルキア……」
「そして、無事に戻って来い」


足枷にはなりたくない。
には自由に、自分の心に素直になってほしい。
ルキアにとって、は大切な友達だから。


は心の中が熱くなるのが分かった。
ルキアの優しい気持ちが、ルキアの強い思いが、に伝わってきた。
は、まだ笑うことはできないけれど、ルキアをまっすぐ見つめて、言う。

「ありがとう。ルキア。……行ってくる」
「行ってこい。そして、また会おう」
「うん!ルキアも、気をつけてね!!」







  



 (09.02.11)

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