処刑執行日を迎え、懺罪宮・四深牢を出たルキア。
双極に向かい歩き出すルキアの心に迷いはなかった。
消えた一つの霊圧を感じるまでは……。
「…恋……次…?」
間違えるわけがない。それは恋次の霊圧だった。
だが、ルキアには分からなかった。
何故、恋次の霊圧が消えた?
いったい誰にやられた?
そもそも恋次が戦った理由は何だ?
分からない。何にも分からない。
「なぜだ…どうしてお前が…恋次!!」
ルキアは叫んだ。そんなことをしても無駄だと、自分の声は恋次に届かないと、分かっていたけれど。
それでも、叫ばずにはいられなかった。自分の気持ちを吐き出したかった。
そのとき、そんなルキアの元に一人の人物がやってきた。
笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてくる彼を見て、ルキアは全身から汗が噴き出すのを感じた。
心の中が恐怖でいっぱいになりながらも、ルキアは彼から目をそらさなかった。否。目をそらすことができなかった。
「おはよ。ご機嫌いかが、ルキアちゃん」
「―――市丸……ギン…!」
ルキアは市丸のことが嫌いだった。
視線も仕草も口調も全てが嫌だった。
初めて会ったときから、ルキアの中の何かは市丸の総てを拒絶しているのだ。
それは今もずっと変わることはない。
できることなら、今すぐこの場から逃げ出したかった。
けれど、囚われの身であるルキアにそんなことができるわけがない。
ルキアは堪えるしかなかった。市丸の悪魔のような囁きに。
「あァ、そうや。死んでへんみたいやねぇ、阿散井クン」
「…な…。まさか…!」
市丸にそう指摘されて、ルキアはようやく気付いた。
感覚を研ぎ澄ませば恋次の小さな霊圧と弱々しい魄動を感じることができる。
だが、このままでは……。
「死ぬやろね、直ぐ」
ルキアが思ったことを口にする市丸。
笑みを浮かべたままで、心から楽しんでいるようにしか見えなくて、ルキアは苛立ちを隠せなかった。
「可哀相やなァ、阿散井クン…。ルキアちゃんを助けようとしたばっかりに…」
ルキアは目を見開き、市丸を見た。
恋次が自分を助けようとしたなんて、そんなこと信じられない。そんなの信じたくなかった。
「莫迦な…!適当なことを言うな!!何故、恋次が私を…」
「怖い?」
「…何……だと?」
「死なせたないやろ。阿散井クンも、他の皆も。死なせたない人おると急に死ぬん怖なるやろ?」
「……………………!!!」
ルキアにとって、市丸の言葉は毒だった。
とろけてしまいそうな甘い猛毒に、ルキアの心身は侵されていく。
それを知ってか、市丸はとんでもないことを言い出した。
「助けたろか?」
「…な…!?」
市丸の言葉に、ルキアは自分の耳を疑った。
『今、何て言った?』
頭が混乱して、何がなんだか分からない。
そんなルキアに、市丸はさらに続けて言う。
「どうや?ボクがその気になったら今スグにでも助け出せるで。キミも、阿散井クンも、それ以外も」
市丸の言葉に周りは困惑し、騒ぎ出す。
けれど、ルキアは気にならなかった。周りの声など、何も聞こえなかった。
市丸の声がルキアの耳から離れようとしなかった。
『私を助けてこの男に何の得がある!?一護や恋次を助けて何の得があるのだ!?』
そんなことばかりが頭の中をぐるぐると廻っている。
分からない。何一つ、分からない。
それゆえに、市丸の言葉が本当のように思えてきた。
『本当に助けてくれるのだろうか?』
そう、ルキアが思ったときだった。
市丸はルキアに近寄り、その頭に己の手を乗せて、言う。
「嘘」
死ぬのは怖くないと。恐れることは何もないと。
そう思っていた。心を決めていた。
それなのに……。
「ああああああああ!!!!」
生きたいと思ってしまった。
こんなにも容易く、覚悟を崩されてしまった。
崩れ落ちるルキアの体と心。
「…………」
小さな声で、揺るがされた心で、ルキアはの名を呼んだ。
「もし何かあったら、もしどうしようもなかったら、私を呼んで」
の声が聞こえた。そんな気がしたから。
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