死刑執行日の朝。
護廷十三隊の各隊長・副隊長は処刑場である双極の丘へと向かうため、用意を進めていた。
だが、八番隊隊長・京楽春水と十三番隊浮竹十四郎は、何もできずにいた。
二人は、八番隊舎の屋根の上で寝転び、空を見上げていた。
目の前には青い空がどこまでも広がっているのに、二人の表情は暗い。
特に浮竹は酷かった。大きなため息をつき続けている。
そんな浮竹に対し、京楽は何も言わなかった。
浮竹の気持ちはよく分かるから。
そして、どんな言葉をかけても浮竹の心は晴れないと分かっているから。
ゆえに、二人は黙ったままだった。
『今回の処刑は間違っている。どうにかして処刑を止めなければならない』
経緯は違うが、同じ考えに至った浮竹と京楽は、ともに中央四十六室に処刑を中止するように進言することを決意し、行動に移した。だが、二人の進言が通ることはなかった。
このままではルキアは死ぬ。
『こうなったら…』
浮竹が覚悟を決め、体を起こそうとした、そのときだった。
「浮竹。お前、ルキアちゃんを逃がす気だろ」
「………っ!」
空を見つめたまま、京楽は浮竹に言う。
黙り込む浮竹。図星、だったから。
そんな浮竹に京楽は大きなため息をつき、さらに言う。
「お前さんの気持ちは分かるよ。だけど、今、逃げたら駄目だ。自分の正義を貫きたいのなら、なおさらね」
間違っているのは処刑。だからこそ、逃げてはいけない。何とかして止めなければならない。
諦めてはいけない。諦めることは悪に屈したことになるのだから。
そんなこと、分かっている。けれど……。
「だが、どうすればいいんだ!?俺たちに処刑を止めるほどの力はない!!」
浮竹は叫ぶ。京楽を責めているのではない。
責めたいのは浮竹自身だった。部下を守ることもできない、自分自身の無力さが悔しくて、大きくなってしまった声。
だが、それは願いでもあった。
『守るために、力が欲しい』という浮竹の願いだった。
すると……。
「ならば、力をお貸しします」
突如、響いた声。
体を起こし、立ち上がった浮竹と京楽が目にしたものは、の笑顔だった。
「君は…?」
「はじめまして。京楽隊長。私はと申します。十番隊に所属しております」
「へえ。日番谷くんのところにこんな可愛い子がいたんだぁ。知らなかったなぁ」
「恐れ入ります」
いつもと変わらない、普段どおりの会話を交わす京楽と。
一方の浮竹は、やきもきしながら月花に近寄り、尋ねた。
「先程の言葉は本当か?」と。
は浮竹のことをまっすぐ見つめて、しっかりと頷いた。
「力を望むのなら。そして、手に入れた力でルキアを救うのなら、お二人に力をお貸しします」
そう言うと、は二人にあるものを渡した。それは……鍵だった。
浮竹と京楽、二人と別れたが、次に向かった場所。
それは、ある人物がいる場所だった。
彼は霊圧を完全に消していたが、は精気を感じることができる。
そのため、
「……見つけた」
すぐに居場所を突き止めることができた。は、そこに向かい、走り出す。
「………ちゃん」
の顔を見た途端、市丸はとても驚いていた。
それに対し、は微笑んでいた。
でないと、ここから逃げてしまいそうだったから。
そうなってしまう前に、は言う。
「市丸隊長。先日のお返事をさせてください」
市丸は何も言わず、黙ったままだった。
沈黙が痛い。視線がつらい。
耳を澄ませば心臓の音が聞こえる。どくん、どくん、と力強く脈打っている。
自分の胸にそっと手を当てる。
自身の鼓動を感じながら、素直に自分の想いを言葉にする。
「私は、市丸隊長の気持ちに応えることはできません」
それが、の答えだった。
それを言うために、は市丸に会いに来たのだ。
「……ボクのことが嫌いなん?」
「いいえ。そんなことはありません」
市丸の問いにすぐに出てきたのは、否定の言葉。
嘘ではない。うわべだけの気持ちではなく、本当の想いだった。
市丸のことが嫌いなのではない。
話すときはいつもやわらかい口調で話してくれた。
楽しいときは子供のように笑っていた。
そんな市丸を嫌いになんてなれない。
好きか嫌いかといえば、は市丸のことが好きだ。
けれど、それは特別の意味で"好き"ではない。
が特別の意味で"好き"なのは、"市丸"ではない。
「十番隊長さんのことが好きなん?」
「…………」
は答えない。正確には、答えることができなかった。
日番谷のことを考えた途端、胸がぎゅ―っと締め付けられて苦しくなってしまう。
日番谷に会いたい。そんなことできるわけがないと、頭では分かっているのに。
そんなを見て、市丸は言う。
「十番隊長さんは五番副隊長さんが好きなんやで?」
市丸の言葉を聞いて、の表情が曇り始めた。
締め付けられていたところが、今度はズキズキと痛み出す。
の記憶の中にある日番谷と雛森。
いつだって二人は仲良くて、いつだって二人は笑い合っていた。
そんなに市丸はさらに言う。
「十番隊長さんは五番副隊長さんしか見えてへん。ちゃんの想いが十番隊長さんに届くことはないで」
の視線は徐々に下がっていき、最後は真下を向いてしまった。
言い返すこともできず、黙り込む。
市丸はゆっくり近寄り、の身体を優しく抱きしめた。
「ボクにしとき。ボクはちゃんのそばにおる。ずっとちゃんを守る」
暖かい市丸の身体と、温かい市丸の言葉。
どちらもとても心地好くて、まるで夢の中にいるような、そんな気がした。
このまま目を閉じてしまおうかと思った。
このまま首を縦に振ってしまおうかと考えた。
現実はつらいことばかり。見たくないものばかり見えてしまう。
夢の中ならば、そんなことはない。
甘くてやわらかい、わたあめのような世界にずっといればいい。
そんな考えがの頭を過ぎる。
けれど、
「このたび十番隊隊長に就任した日番谷冬獅郎だ」
「十番隊十席を三席に任ずる」
「なんでも一人でやろうとすんな。もっと周りを頼れ」
「何かあったら俺を呼べ。俺はお前を護るから」
声が聞こえた。日番谷の声がの心に響いた。
それだけでの胸はいっぱいになってしまう。
『それでも…私は……』
は心を決めた。
市丸の身体を強く押し、顔を上げて市丸を見つめる。
その瞳には、もう迷いはない。
「それでも私は想い続けたいです」
たとえこの想いが日番谷に届かなくても。どんなにつらくて苦しくても。
その気持ち全てを受け止めて大切にしていきたい。
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