「―――――やっぱり二人一緒にいやがったか…」
市丸と吉良に、日番谷は言う。「思った通りだ」と。
内側から無理やり抜け出した恋次と雛森とは違い、吉良の牢だけ外側から鍵が開けられていた。
おまけに市丸の霊圧の痕跡まで残されていた。
「こっそり逃がすつもりなら…詰めが甘かったんじゃねえのか?」
「…なんや…。おかしな言い方しはりますなァ…。わざとわかるように…そうしたつもりやってんけど」
「…雛森より先に来れて良かったぜ…」
日番谷は刀に手をかける。次第に霊圧もあがる。そして、
「あいつが来る前に俺がてめえを殺す」
刀を抜こうとした。市丸に斬りかかろうとした。
だが、
ダン
来てしまった。
雛森が、日番谷と市丸の間に降り立つ。
「―――――やっと…見つけた……こんな処に居たのね…」
小さく呟きながら雛森は立ち上がり、柄に手をかける。刀を抜こうとしている。
日番谷はそれを止めようとして、声を上げた。
「お前の敵う相手じゃねえ!俺に任せて退がってろ!」
雛森にそう言うが、聞こえていないのか、何も言わない。
雛森は刀を向ける。
「―――――雛……森……?」
市丸ではなく、日番谷に。
そして、絞り出すように雛森は言う。
「…藍染隊長の……仇よ」
その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
日番谷は信じられなかった。わけが分からなかった。
何故、自分は刀を向けられている?
何故、自分が藍染の仇だと言われている?
いくら考えても答えは出てこない。
今の状況を把握することができない。理解したくもない。
だが、雛森は言う。藍染の手紙に書いてあったことを。そこに書かれてあった衝撃的な内容を。
『この処刑を仕組んだ何者かはその力を使い瀞霊廷のみならず尸魂界そのものを破滅させようと企んでいるのだ。その忌まわしき者の名は』
「……日番谷冬獅郎」
信じられなかった。藍染の手紙にそんなことが書いてあるなんて。
はじめは目を疑った。信じたくはなかった。
「―――――そう…書いてあったのか…?藍染の手紙に……」
「……そうよ。…そしてこう続くの」
藍染が雛森に宛てた手紙。雛森は、その内容をゆっくりと話していく。
雛森の刀を握る手が震えている。目からは涙があふれている。
そして、
「ああああああ!!!」
雛森は刀を振り下ろした。日番谷に、大切な家族で、幼馴染である彼に。
それを避けて、日番谷は叫ぶ。
「バカ野郎、雛森!!よく考えろ!!"自分が死んだから代わりにお前が戦え"だと!?藍染の奴がそんなこと言うと思うか!!俺の知ってる藍染はな!勝ち目の無え戦いに一人で出向くようなバカでも、その尻ぬぐいを部下にさせるような腰ヌケでもなかったぜ!!」
雛森の攻撃を避けながら、日番谷は必死に叫び続ける。
けれど、雛森は止まらない。
「だって!書いてあったもの!見間違える筈ない!!あれは藍染隊長の字だったもの!!あたしだって!信じたくなかったもん!!でも藍染隊長がそう言ってるんだもん!!」
藍染の手紙が、藍染の意思が、雛森を突き動かしている。
自分の声は届かない。日番谷自身そう思った。けれど…。
「あたしはッ!!藍染隊長を…!!あたし…あた…。…あたし、もう…どうしたらいいかわかんないよ…。シロちゃん…」
昔の呼び名。『助けて』という声が聞こえた。
日番谷はそんな気がした。
「…う…ああああああっ!!!」
刀を振り下ろす雛森。それを避けて、日番谷は宙に舞う。その間もずっと考えていた。
藍染がそんなことを書くわけがない。
藍染の手紙を誰かが改竄した。
それ以外考えられない。それをやったのは…。
誰かに見られている。
そんな気がして、日番谷は地上へと目を向ける。
その先にあったのは……市丸の笑顔だった。
そして、日番谷が今まで市丸に抱いていた疑心が確信へと変わった。
「これも全部てめえの仕業か!!!市丸!!!」
日番谷は市丸に向かった。だが、その途中、雛森が間に入ってきた。
空中で躱すことは不可能。仕方なく日番谷は、
ビンッ
雛森を殴った。できる限り力を加減したつもりだったが、雛森は地面に打ち付けられてしまった。
「雛森!!」
振り返る日番谷。そして、目にしてしまった。鮮やかな紅い色を。
刹那。日番谷の中でドクンと脈打つ。
「…あらら。酷いなァ、十番隊長さん。傷ついて我を忘れた女の子を、あない思いきり殴らんでもええのに」
市丸は日番谷に言う。
けれど、日番谷の耳に市丸の声が届くことはなかった。
「…市丸…。…てめえの目的は何だ」
日番谷の脳裏に浮かぶあの光景、あの言葉。
『随分と都合良く警鐘がなるものだな』
『…はあ…。…相変わらずやなァ…。最後の警鐘くらいゆっくり聴いたらええのに。じきに聴かれへんようになるんやから』
「藍染だけじゃ足りねえか…。雛森まで…こんな目に遭わせやがって…。血が滲むほど刀を握り締めなきゃならなくなるまで、こいつを追いつめやがって…」
「…はて。何のことやら」
とぼける気か。だが、日番谷の心は決まっている。
刀を握り締めて、叫ぶ。
「雛森に血ィ流させたら、てめえを殺す!!!」
消え失せる鞘。剥き出しになった刀。
溢れ出る霊圧。怒りが日番谷の心を熱くする。
体も、空気も、どんどん冷えていく。
「…あァ。…あかんなァ。十番隊長さん。こないな処で斬魄刀抜かれたら…ボクが止めるしかないやないの」
日番谷は刀を強く握り締め、叫ぶ。
「霜天に坐せ!!氷輪丸!!!」
溢れた霊圧が創り出す水と氷の竜。天候さえも支配することができる。
これが、日番谷は持つ氷雪系最強の斬魄刀―――――氷輪丸
飛翔する巨大な氷の竜。市丸に向かい奔る。
それを避けて隊舎の屋根へと逃げる市丸だが、日番谷は再び氷の竜を放つ。
牙を剥き襲い掛かる竜を、市丸は斬魄刀で切り裂く。
だが、動きが止まった。
視線の先には凍りついた自分の左腕。その先には日番谷の姿。
捉えられてしまった。逃げることはできない。
「終わりだ。市丸」
市丸に刀を向ける日番谷。
これで終わりだ、と。そう心の中で思った。刹那、
「射殺せ。神鎗」
市丸の神鎗が日番谷に迫る。
至近距離から襲いくる神鎗の切っ先を、日番谷は間一髪で避けた。
けれど…。
「…ええの?避けて。死ぬで、あの子」
市丸に言われて、日番谷はようやく気付いた。
伸び続ける神鎗。その先には雛森が倒れている。
「…雛―――――…」
神鎗に貫かれる雛森を。最悪の光景を、想像してしまった。
けれど。
ガン
そんな惨劇は防がれた。駆けつけた一人の人物によって。
それは……。
「松本…!!」
神鎗を自身の斬魄刀で受けた乱菊。
相当の衝撃だったのだろう。
刀は傷付き、ひびが入っていく。
苦しそうに顔を歪めながら、乱菊は言う。
「…申し訳ありません。命令通り隊舎へ帰ろうとしたのですが…氷輪丸の霊圧を感じて戻ってきてしまいました…」
市丸は動かない。笑いもせず、黙ったまま、乱菊のことを見つめている。
「…刀をお退き下さい。…市丸隊長。退かなければ―――――…ここからは私がお相手致します…!」
乱菊は市丸に請う。
刀を納めて欲しい、と。もしもそれが叶わなければ自分が相手をする、と。
すると、市丸は笑った。
感情を殺した、冷たい笑顔だった。
ザアアアアッ
神鎗が元の長さに戻っていく。
重圧が無くなり、乱菊の身体は震え出す。
何も言わずにこの場から離れようとする市丸。日番谷は、それを阻もうとしたが…。
「ボクを追うより、五番副隊長さんをお大事に」
そう言って市丸は瞬歩で消えた。
日番谷が市丸を追いかけることはなかった。
十番隊舎に戻ってきた日番谷と乱菊。
目の前には雛森が眠っている。
雛森を見つめながら、日番谷は隣にいる乱菊に言う。
「…お前が来てくれなかったら…雛森は死んでた。…ありがとう。松本」
「…いえ…」
乱菊は考えていた。市丸のことを、ずっと。
行き先を告げずにどこかへ消えてしまう。自分だけがしっている市丸の悪い癖。
まだ直ってはいなかった。きっと待つほうの気持ちなんて考えていないのだろう。
『ギン…。あんた一体…どこへ行こうとしてるの―――――…?』
日番谷は考えていた。藍染の手紙のことを。
どこまで改竄されていたのか。
この争乱の主謀者の狙いが双極の力で尸魂界の滅亡を謀っているというのは本当なのか。
『もし本当なら…それが市丸のヤロウの狙いなら…俺は…』
そんな二人のもとに地獄蝶がやってきた。
伝令の内容は…。
『隊長並びに副隊長各位に御報告申し上げます。極囚・朽木ルキアの処刑の日程について最終変更がありました。最終的な刑の執行は…現在より29時間後です。これは最終決定です。以降日程の変更はありません。以上…』
それを聞き、日番谷は決めた。自分が進むべき道を。
このまま何もしないわけにはいかない。
真実を知ってしまった以上、己の信じる道を進む。
「…ついて来い。松本。処刑を止めるぞ」
日番谷の脳裏にの笑顔が浮かんだ。
日番谷は強く拳を握り締める。
今、はルキアを助けようとしている。
ルキアの処刑とそれに連なる双極の解放が市丸の狙い。
ならば、と市丸は必ずぶつかる。
その前に処刑を止める。
処刑中止を中央四十六室に進言するしかない。
謁見することも難しいだろうが、そんなことを言っている暇はない。
『強行突破してでも処刑を止める』
日番谷はそう心に決めた。
戻
進