19.劇変(前編)




その日は副隊長の定例集会だった。
『非常事態なんだからやらなくていいのに…』と乱菊は思っていたが、『非常事態だからこそ、やらなければならない』と一番隊の雀部長次郎が強く主張した。
その結果、定例集会はいつもどおり行うことになった。
それを聞いた途端、乱菊は大きくため息をついた。
理由はただ一つ。朝早く起きなければならないからだ。
定例集会を行う時間は、業務時間前と決まっている。
朝が弱く、ギリギリまで眠っていたいと願う乱菊にとって、定例集会はどうしても好きになれない存在だった。
そして当日。

「きゃーーー!!!」

乱菊は寝坊してしまった。
急いで準備して、朝ご飯も食べずに、集会場へ向かう。
その最中、頭の中ではずっとのことを考えていた。
定例集会のとき、は乱菊を起こしに来てくれたのに。
今日は、は来てくれなかった。

『今日は…何で?』

理由まで考えられなかった。
そんな暇はない。今は急がなければ。少しでも早く到着するために。



それからまもなく、乱菊は無事に集会場に着いた。
全員揃っていないことを、まだ雛森が来ていないことを知り、乱菊はほっとした。
ちょうどそのときだった。


「いやああああああ!!」


悲鳴が響いた。最初は誰のか分からなかったが、

「雛森くんの…声だ…!」

そう吉良が小さく呟き、走り出した。全員、吉良の後に続く。
やってきたのは東大聖壁の前。
雛森が肩を震わせながら一点を見つめている。
その先にあったのは、

「!!!!」

五番隊隊長藍染惣右介の遺体、だった。
白い壁を染める藍染の鮮やかな赤い血。それはまるで、岩壁に咲いた花のようだった。

「…あ……藍染隊長!!!」

響き渡る雛森の声。雛森は東大聖壁に手を伸ばし、叫ぶ。
「藍染隊長」と。何度も何度も。
無理もないだろう。自隊の隊長で、敬愛していた人が、目の前で死んでいるのだから。
周りは、そんな雛森に何て声をかければいいか分からず、黙って見ていた。
すると、

「何や。朝っぱらから騒々しいことやなァ」

誰かがやってきた。振り返るとそこにいたのは、市丸だった。
この状況を目の前にしても、市丸は笑顔のままだった。
そんな市丸が信じられなかった。ここにいる者全て。
だが、もっと信じられないことが起こった。


「お前か!!!」


突然、雛森が市丸に向かって突進してきた。
刀を抜く雛森。その刃は市丸の身体を切り裂き、血が流れると誰もが思った。
けれど、

「吉良くん!!どうして…」

その寸前、吉良が刀を抜き、雛森を止めた。
雛森は驚きを隠せず、吉良を見つめている。
そんな雛森に吉良は、はっきりと言う。

「僕は三番隊副隊長だ!そんな理由があろうと隊長に剣を向けることは僕が赦さない!」
「お願い…どいてよ。吉良くん…」
「それはできない!」
「どいてよ…。どいて…」
「だめだ!」

これで終わればよかった。
雛森が諦めて刀を納めれば、一番よかった。
けれど、それは叶わぬ願いだった。


「どけって言うのがわからないの!!」
「だめだと言うのがわからないのか!!」


雛森は止まらない。
藍染を失った悲しみと市丸への憎しみで我を失っている。

「弾け!飛梅!!!」
「な…ッ」


ドン


斬魄刀・飛梅を解放する雛森。
飛梅は七支刀状となり、火球を放つ。

「こんな処で斬魄刀を――――!浅薄!!」

吉良は信じられなかった。雛森の行動に怒りすら感じた。
けれど、それでも吉良は雛森に制止するよう叫ぶ。
同期で、大切な仲間で、大好きな人だから。
だが、吉良が声が雛森に届くことはなかった。

「…そうか。それなら仕方無い…。僕は君を…敵として処理する!」

吉良は柄を強く握り締める。そして刀に霊力を込めて言う。

「面を上げろ。侘助」

吉良のことばによって、斬魄刀・侘助は形を変える。
そして、雛森に向かい刃を向ける吉良。それは雛森も同じだった。
『もう誰にも止められない』と。誰もがそう思った。
二人は距離を縮めて、刀を振り下ろす。
その瞬間、一陣の風が吹き抜けた。


ガガン


『止められない』と思っていた二人を、一人の人物が止めた。
光に反射して輝く銀色の髪。
揺らめく純白の羽織。
その背中には"十"の文字。
十番隊隊長・日番谷冬獅郎だった。


「動くなよ。どっちも」


雛森と吉良の間に入り、飛梅を左足で、侘助を氷輪丸の刃で、それぞれ止めている。

「捕えろ。二人共だ」

日番谷にそう言われ、副隊長たちは慌てて動いた。
雛森は乱菊と射場が、吉良は九番隊副隊長の檜佐木修兵が、それぞれ捕える。
どちらも暴れる様子はなかった。

「総隊長への報告は俺がする!そいつらは拘置だ!連れていけ!」

乱菊たちは日番谷に命令に従った。二人を拘置するため、それぞれの隊舎牢へと向かう。
他の副隊長もこの場から立ち去り、残っているのは日番谷と市丸の二人だけだった。

「すんませんな。十番隊長さん。ウチのまで手間かけさしてもうて…」

市丸は日番谷のほうを見て言う。相変わらず笑顔のままだった。
だが、日番谷が振り向くことはなかった。
そのままの状態で、日番谷は市丸に問う。

「…市丸。てめえ、今…雛森を殺そうとしたな?」

冷たい風が吹く。日番谷の怒りが冷気となって辺りを包み込む。
だが、市丸は顔色一つ変えることなく、答える。

「はて。何のことやら」

とぼけているのか。それとも挑発か。
前者なら、化けの皮を剥がしてやればいい。
後者なら、喜んでその挑発に乗ってやる。
だが、どちらにしても日番谷が市丸に言うことは同じだった。

「…今のうちに言っとくぞ。雛森に血ィ流させたら俺がてめえを殺すぜ」

冗談ではない。そんなことで「殺す」と言わない。
日番谷は本気で市丸を殺す気だった。

「そら怖い。悪い奴が近付かんように、よう見張っとかなあきませんな」







  



はい。問題の『あの話』でした。
難産でした。(十二月に入ってから、ずっと考えていました)
ちなみに、タイトルの意味は…。

劇変(激変)……情勢や状態などが急にはげしくかわること。急激な変化。(広辞苑より) (08.12.08)

[戻]