18.別離(前編)




それからまもなくして戦時特令が発令された。
そして、それはすぐに各隊の副隊長や上位席官をはじめとする隊士全員に伝えられた。

「一、副隊長を含む上位席官の廷内での常時帯刀を許可する。一、またその戦時全面解放を許可する。以上が一番隊隊長・護廷十三隊総隊長山本元柳斎重國様よりのお達しです」

それを聞いた者は皆、戸惑いを隠せなかった。
不安がだんだん大きくなっていく。そうなってしまったら、組織は簡単に乱れる。
自分のことで精一杯になり、周りのことを考えられなくなる。
それはも同じだった。

『これから私はどうすればいいの?』

心に聞いても答えてはくれない。頭の中で考えても答えは出てこない。
そんなとき、声が聞こえた。


「何かあったら俺を呼べ。俺はお前を護るから」


日番谷の声が、優しい気持ちが、蘇る。
けれど、は悩んだ。
今、自分が迷っていることを日番谷に話すべきか否か。
聞いて欲しい気持ちはある。それと同じくらい話すのが怖いと思う。
悩み迷った結果。
は日番谷の居場所を探した。
そして、隊首室に日番谷の精気を感じ、そこに向かう。
まだ話すかどうか決めていない。けれど、

『隊長に聞きたいことがある。でないと私は自分の道を決めることができない。前に進めない』



『星が見たい』

日番谷は心の中でそう思った。理由は分からないが、急に星が見たくなった。
寝ようと思っていたのに今は全く眠くない。
日番谷は、欲求に従い、星を見に行くことにした。
屋根に登ると満天の星空が日番谷を迎えてくれた。
瓦の上にそのまま腰を下ろし、日番谷は空を見つめる。
だが、純粋に星を楽しむことも、何も考えずにいることも、できなかった。
星が見たいと思ったのに、目の前にはたくさんの星が輝いているのに、日番谷の頭はあのこと・・・・でいっぱいだった。


「三番隊には気をつけな」
「え…?三番隊…?吉良君のこと…?なんで?」
「俺が言ってんのは市丸だが吉良もどうだかな。取り敢えず気をつけといて損はないぜ。特に―――――」


雛森に忠告した後、再び警鐘が鳴り響く。
何かあったかと思ったが、隊首会の召集と知り、日番谷は安堵した。
その反面、『またか…』と思いため息をついた。
雛森を置いて日番谷は一番隊隊舎に向かう。
けれど、その途中、

「こんばんわ。十番隊長さん」

市丸に会い、日番谷は立ち止まった。
否。これは会ったとは言わない。正確には待ち伏せされていたというべきだろう。
市丸は何もないところで壁に寄りかかっていたのだから。
何も言わずに日番谷が歩き出すと、同時に市丸も歩き出した。
日番谷は、市丸と一緒にいたくなかったが、二人が向かう場所は同じ。
しかも日番谷が歩む速度を変えても、市丸はそれに合わせて歩いている。
そのため、二人の距離は一向に変わらない。
日番谷の苛立ちは頂点まで達し、それは冷気と化して市丸を襲う。
それでも市丸は動じることなく、笑みを浮かべて日番谷に話しかけてきた。

「何や。今日は物凄い不機嫌やね。十番隊長さん」
「…………」

日番谷は答えない。市丸と話をするのも嫌だったから。
だが、日番谷は知らない。自分のそんな態度が市丸をさらに楽しませることになることを。知る由もない。

「そういえば、さっき四番隊でちゃんに会うたわ。一番最初に旅禍が侵入したとき以来やけど、元気そうで安心したわ」
「…何……だと…?」

市丸の口から、の名を聞いて、その内容を知って、日番谷は反応してしまった。
立ち止まってしまった日番谷の両足。目を見開いて市丸を見る。
市丸は、少し歩いた後、ようやく立ち止まった。
口元をさらに上げて、ゆっくりと振り返り、日番谷に言う。

ちゃんから聞いてないんや?それならこれも知らないんやろね。そのときちゃんに好きって言うたんや」
「なっ!?」

市丸は「返事はまだやけどね」と言いながら、照れくさそうに頭をかいている。
だが、日番谷にそんなことを気にしている余裕はない。
が市丸に会っていたことも、市丸に告白されていたことも、初耳だった。ショックが大きかった。

「ほな、十番隊長さん。ちゃんによろしく」

そう言って市丸は隊首会へ向かった。一人残された日番谷はしばらくそこから動けなかった。
心も体も重くなっていく。


「日番谷隊長」

突然、聞こえた誰かの声。
日番谷は現実に引き戻される。それを聞いた途端、身体のほうが先に反応したから。
それが誰なのかすぐに分かった。だと。
心は晴れず重いまま。返事をするのも嫌だった。
けれど、そういうわけにはいかない。
が、しかもこんな時間にわざわざ日番谷のもとにやってきたということは、何かあったのだろう。
日番谷はそう思い、遅くなってしまったが、返事を返した。
正直、今の気持ちでに会いたくはなかった。
だが、自分の都合――しかも勝手な感情――でを帰すことはできなかった。

『感情を抑えろ。いつものように振舞え』

そう自分に言い聞かせていた。まだ、このときは……。



日番谷から許可を得た後、は恐る恐る屋根に登った。
こんなことしたことは今まで一度もない。はずっとドキドキしていた。
はじめは怖かったけど、空に広がる星を見て、恐怖はどこかに行ってしまった。
とても嬉しそうに笑い、日番谷に向かって、は言う。

「すっごく綺麗ですね!手を伸ばせば星を掴めそうです!」
「……落ちるぞ」
「はい。では、おとなしく座ります」

そう言うとは瓦の上に腰を下ろした。
夏とはいえ夜は寒い。
風は吹いていないが空気自体が少し肌寒い。おまけに冷たい瓦が身体を冷やしていく。
は自分自身を抱きしめながら空を見上げた。力いっぱい光り輝く星たち。
ずっと眺めていたいと思った。日番谷と二人で、ずっと。
けれど、

「……何か話があって来たんだろ?」

日番谷にそう言われた。
は「はい…」と小さく言い、視線を星空から日番谷へと移した。
そして、自分をじっと見つめる日番谷に、少し違和感を覚えた。いつもと違うと思った。


いつもは、なかなか言い出せず黙ってしまうに、「どうした?」と声をかけてくれる。
だから、どんなに言いにくいことでもちゃんと話せる。
それは、日番谷が優しい気持ちで話を聞いてくれるからだ。


けれど、今の日番谷にはそれがない。
言葉も視線も何だか刺々しくて、冷たく感じる。
手が震えてしまう。は両手をぎゅっと握り締め、それを胸に当てる。
それでも震えは止まらない。

「……あ…の…」

は日番谷に話をしようと思い、声を出そうとしたが、それは言葉にならなかった。
声が出ない。言葉にならない。
それを何とかしようとしたが、焦った心では何をやっても上手くいかない。
長い長い沈黙が続く。
すると、

「………聞きたいことがある」

吐き出すように日番谷はそう呟く。
は黙ったまま小さく頷き、日番谷の言葉を待った。
それが別離の言葉になるとは知らずに…。







  



問題のあの話の一歩手前です。
決して逃げたのではありません。(そんなことは断じてありません!)
次回は……ヒロインさんの決断。 (08.12.08)

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