が四番隊・綜合救護詰所に着くと、四番隊士達は忙しなく動き回っていた。
どこを見ても怪我人ばかりで、彼らはその処置に追われている。
旅禍が侵入し、捕まるどころか被害が拡大しているのだから無理もないだろう。
耳を澄ませば遠くから誰かが騒いでいる声が聞こえてきた。おそらく十一番隊の隊士達だろう。
そんな彼らに呆れてはため息をついた。
すると、
「どうかしましたか?」
誰かがに声をかけてきた。それは、他隊の女性死神にも人気が高い四番隊第八席・荻堂春信だった。
は、背の高い荻堂を見上げ、言う。
「六番隊の阿散井副隊長が負傷し、隊舎に運ばれました。上級救護班を出していただけますか?」
「ああ。それでしたら少し前に連絡がありました。現在、第六上級救護班がすでに六番隊舎に向かっています」
「そうですか。分かりました。教えていただき、ありがとうございます」
荻堂から詳細を聞くと、は自分の持ち場に戻る荻堂に頭を下げてお礼を言った。
ようやくは心からほっとすることができた。
ちょうど、そのときだった。
「ちゃん?」
後ろから聞こえる独特の訛り。
ゆっくりと振り返ったの目に映ったのは、口元を吊り上げているだけにしか見えない、市丸の笑みだった。
「市丸…隊長……」
「やっぱりちゃんや。後姿見ただけで分かったわ」
「そうですか…」
楽しげに話す市丸に対し、は戸惑いを隠せなかった。
理由は一つ。市丸の告白に、未だ答えを出せていないからだ。
できれば会いたくなかった。けれど、会ってしまった。
『自分の不運に嘆いている暇なんてない。何とかこの場を切り抜けなくちゃ』
そう思いながらは市丸に笑おうとする。だが、引きつった笑顔にしかならなかった。
いつもどおりに接したいのに、いつもどんな風に接していたのか、分からなくなってしまった。
そんなの気持ちを察してか、市丸はの頭にぽんっと手を置いた後、踵を返した。
「またね。ちゃん」
そう言って立ち去る市丸。小さくなっていく背中をはただ見つめていた。今のには、それしかできなかった。
市丸が行ってしまったことを安堵する自分が嫌だった。
「先輩」
次に吉良がに声をかけてきた。だが、には吉良がいつもより暗い顔をしているように見える。
それはきっと気のせいではないだろう。無理もないとは思う。
同期で友達である恋次が旅禍にやられたのだ。吉良も相当ショックを受けているだろう。
しかも、一番最初に恋次を発見したのは吉良なのだから。
「イヅル君」
吉良に声をかける。何か言わなければ、と思いながら言葉を探す。
「大丈夫?」と聞いても「大丈夫です」と答えるに違いない。
「無理しないでね」と言ったとしても無理するに決まっている。
何て言えばいいか分からず、が悩んでいると、
カンカンカンカンカンカン
「隊長各位に通達!隊長各位に通達!只今より隊首会を召集!!」
再び鳴り響く警鐘。隊首会の召集。
みんなが不安に思い、ざわめきだす。
そんな中で、
「……先輩。これからどうなるんでしょう?」
吉良の小さな声が聞こえた。周囲の音にかき消されることなく、に届いた。
呟きにも似た問いに答えてあげたいけれど、
「それは私にも分からない」
は小さくそう言った。
吉良の顔はますます暗くなってしまう。それを見て、は心を痛めた。
本当のことを言うと、これからどうなるのか、分からないわけではなかった。
数百年ぶりに旅禍が侵入し、彼らと戦闘した隊もあるが未だ捕縛できず、こちらの被害が増えるばかり。
しかも、副隊長までやられたとなれば、答えは一つだ。
『全面戦争』
これ以上、被害を増やすわけにはいかない。
そして、何よりこれ以上旅禍に手こずっているわけにはいかない。
護廷十三隊に敗北は許されないのだから。
『まもなく命令が下されるだろう。旅禍を討て、と』
けれど、はそれを口にすることはできない。
のこれは憶測にすぎない。それに、吉良をこれ以上不安にさせたくなかった。
たとえ、の考えが現実になったとしても。
命令に従うのなら戦わなければならない。
ルキアを助けに来た旅禍を倒さなければならない。
今、は迷っていた。
旅禍と戦いたくない。その気持ちは今も変わらない。
できることなら、彼らと一緒にルキアのことを助けたいとさえ思っている。
けれど、それはできない。
もしがそれをすれば、日番谷に迷惑がかかる。
それだけは、絶対に嫌だった。
『ルキアを助けたい』
『隊長には迷惑をかけたくない』
二つの相反する思いがの心を迷わせている。
は自分が進むべき道を決めることができずにいる。
だからこそ、
「イヅル君。これからきっと大変なことになると思う。自分の進むべき道を選ばなくちゃいけないと思う。そのときは自分の信じる道を進んでね。後悔したらダメだよ。絶対に」
は吉良にそう言う。
それは自分にも言い聞かせるようだった。
そして、は曼珠沙華を強く握り締めていた。
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