が執務室に戻ると、日番谷は自分の席に着き、何か書き物をしていた。
いつもと変わらない光景だが、今、日番谷が書いているのは書類や報告書ではない。旅禍が侵入してから今までの被害状況をまとめていたのだ。
区切りがついたのか、日番谷は手を止め、のほうを見た。
「十番隊第三席。ただいま戻りました」
そう言うとはびしっと敬礼し、日番谷に満面の笑顔を見せた。
日番谷は、がどこも怪我をしていないことを確認し、心から安堵した。
一方、は真剣な瞳で日番谷を見つめ、報告する。自分が見たものを。他人から聞いたことを。
「十一番隊第三席斑目一角、同隊第五席綾瀬川弓親が旅禍と交戦。重傷を負い、戦線を離脱しました。そして、十一番隊はほぼ壊滅状態です。旅禍は未だ捕縛できていません」
「そうか。早急に下位の隊士を隊舎に戻せ。今、瀞霊廷に侵入している旅禍はあいつらの手には負えない相手だ」
「分かりました。直ちに隊舎に戻るよう、彼らに伝えます」
「さっきの情報を各隊の副隊長に伝えてくれ。今、二番側臣室で集会をしている」
「はい。分かりました」
日番谷に一礼して執務室を後にすると、は一番隊舎へと向かう。
その途中で四番隊第三席伊江村八十千代と会った。
彼も各隊の副隊長に現状を報告しに行くと知り、一緒に二番側臣室に向かった。
自分よりも高い伊江村を見上げ、は話しかける。
「各隊、被害が出ていると聞きました。四番隊に被害は?」
「いえ。今のところはまだ。十一番隊の連中が騒いでいることぐらいでしょうか…」
「そう…ですか…」
「大体あいつらは……」
伊江村の長い長い愚痴が始まってしまった。
話しかけなければよかったと後悔したが、もう遅い。愚痴というのものは尽きないものだから。
は苦笑いを浮かべ、伊江村の話を聞き流すことに努めていた。
「四番隊の隊士が旅禍に人質にとられた」という言葉を聞くまでは…。
「えっ?四番隊の隊士が旅禍に?」
「ええ。連絡が取れなくなっているので、おそらくは」
「……その方の名前を聞いてもいいですか?」
の脳裏にある人物が浮かぶ。
彼でなければいいと思った。彼でなければいいと心から願った。
けれど…。
「四番隊第七席山田花太郎です」
気が弱くて、お人好しで、優しい性格の彼。
その花太郎が、旅禍に捕まってしまった。
殺されることはないだろう。
だが、彼らの目的を知ってしまったら?
『花君は彼らに協力する。絶対に』
「…十一番隊第三席斑目一角様…。同じく第五席綾瀬川弓親様…。…以上二名の上位席官が重傷のため戦線を離脱なさいました…!」
「各部隊の詳細な被害状況については現在調査中です」
「…ただ。…十一番隊につきましては…ほぼ壊滅状態であるとの報告が入っています…」
各隊の副隊長に向かい、現状を報告する伊江村と。
内容が内容だけに、副隊長たちは皆、かなり驚いている。
一瞬で、室内は緊迫した空気に変わった。
そのせいか、「出鱈目ではないか」と言う副隊長もいたが、彼らは伊江村に殺到した。
それもそのはず。いつの間にか、の姿はどこにもないのだ。
今、は一番隊舎ではなく七番隊の守護配置にいた。
それは七番隊第四席一貫坂慈楼坊を探すためだった。
けれど、
「さてと。これからどうしようかな」
は慈楼坊と一度も会ったことがない。よって、霊圧を探すことは不可能。
精気を感じてみるが、いろんな人の気がごちゃごちゃしていて、よく分からない。
「誰か他の人も連れてくればよかったな…」
がため息をつきながらそう呟いたときだった。
眼鏡をかけた男の子と胡桃色の髪の女の子が反対側からやってきた。
二人とも死覇装を着ているが、は違和感を感じていた。
のことを見た途端、二人とも驚いた顔をしていたせいかもしれないが…。
「こんにちは。少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
はにっこりと笑い、二人に話しかけた。
男の子は緊張した顔で、女の子は笑みを浮かべて、小さく頷いた。
は笑顔のまま尋ねる。
「七番隊第四席を探しているのですが、どこにいるか知りませんか?」
「……七番隊第四席…ですか?」
「はい。だいぶ前から応答が無く、探しているのです。ご存知ありませんか?」
の話を聞いて、男の子の緊張はさらに増した。
わずかに殺気も感じるが、それでもは笑い続けていた。
すると、
「その人ならこの先にある建物の上に倒れています」
「井上さん!」
女の子が答えてくれた。男の子は責めるように彼女の名を呼んだけれど。
彼女は、さらに緊張の色が増した彼に、優しく微笑む。『大丈夫だよ』というように。
はそんな二人にもう一度笑い、
「ありがとうございます!」
頭を下げてお礼を言った。
居場所を教えてくれて、すごく嬉しかったから。
が頭を上げると、女の子は満面の笑みを、男の子は無表情を、それぞれ浮かべていた。
はますます嬉しくなって、彼らに明るく微笑み言う。
「私はといいます。十番隊所属なので、ぜひ今度遊びに来てください」
そして、もう一度ぺこりと頭を下げた後、は彼らから離れた。
しばらく歩いて、周りに誰もいないことを確認した後、は小さく呟いた。
「あの二人が旅禍か…。優しそうな子たちだったな…」
もう一度会いたいと思った。そして、できれば友達になりたいと思った。
女の子から聞いた場所に着くと、そこには七番隊第四席一貫坂慈楼坊が倒れていた。
「やはりやられたのですね」
口元に手を当ててみたら、微かだが息をしている。生きていることは間違いない。
けれど、近くにいても全く霊力を感じない。
の目に映るのは、彼の体にある二つの傷。
それは、死神にとっての急所、『鎖結』と『魄睡』だった。
「こちら十番隊第三席。七番隊第四席を発見。直ちに上級救護班をお願いします」
四番隊に連絡すると、到着するのを待ちながら、ふと上を見上げる。
空と雲。
青と白の光を眺めながら、はゆっくり息を吸い、吐き出した。
『いつもと変わらないはずなのに、いつもよりも空が高い気がするのは何故だろう?』
四番隊が来るまでずっと考えていたが、答えは見つからなかった。
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