15.警鐘(中編)




旅禍侵入から明くる日。
瀞霊廷は落ち着きを取り戻し、隊士達はいつものように業務を行っている。
その中にはの姿もあった。
ちょうど他の隊に書類を届け終えて、十番隊舎へ戻っているところだった。
その途中、白い塔が視界に入り、はゆっくりと足を止めた。
この日、ルキアの処刑まで残り十四日が過ぎた。
ルキアは六番隊舎牢から懺罪宮四深牢へと移送される。
そこでルキアは死刑が執行される日まで己の犯した罪を悔やむのだ。一人きりで、ずっと。
先導役は恋次が務めるという話を耳にした。
ルキアと恋次は幼馴染。幼い日々を共に過ごした二人。
大切な家族で、大事な仲間だとは二人から聞いたことがある。
それなのに…。

『このまま何もできず、黙って見ていることしかできないのだろうか?』

そう思わずにはいられない。
諦めたくないと願わずにはいられない。


そもそも今回の中央四十六室の裁定は腑に落ちない点が多すぎる。
ルキアの極刑が決まってから、は瀞霊廷内にある図書館に何度も足を運んだ。
それは、過去に起こった事件やそれに対する罪状について、可能な限り調べるためだった。
閲覧できる範囲は限られているが、それでも今回の裁定がいかに異常なのか、調べれば調べるほど、分かっていった。
そのたびに『何かがおかしい』と感じていた。今も、ずっと。
大きなため息をついた後、が歩き出そうとしたそのとき、声が聞こえてきた。

「きみの目から見て…彼女は死ぬべきか?」

声を聞いただけですぐに分かる。五番隊隊長藍染惣右介だと。
そばにいるのは恋次だった。
中に入る雰囲気ではない。かといって、立ち去ることもできない。
は壁に近寄り、二人の話を静かに聞いていた。

「妙だと思わないか。彼女の罪状は霊力の無断貸与及び喪失・そして滞外超過だ。その程度の罪での極刑など僕は聞いたこともない。加えてそれに続く義骸の即時返却・破棄命令。三十五日から二十五日への猶予期間の短縮…。隊長格以外の死神への双極の使用…。どれも異例づくめだ。僕にはこれが…全て一つの意志によって動いているような気がしてならない」
「…待ってくれよ。藍染隊長…。…それってどういう…」
「―――厭な予感がするんだ―――…」

どくん、と脈打つのを感じながら息を潜める
速まる鼓動を必死に抑えながら、藍染と恋次の会話へと耳を傾けている。

「阿散井くん…。もしかしたら僕は―――」


カンカンカンカンカンカン
「隊長各位に通達!隊長各位に通達!只今より緊急隊首会を召集!!」


突如、鳴り響く警鐘。それは緊急隊首会の召集。
『早くここから離れなければ』と思い、は瞬歩でこの場から離れた。
十番隊舎へと歩を進めながら、は緊急隊首会のことを考えていた。

『市丸隊長のことに違いない』

命令なしの単独行動、標的を取り逃がす失態。それらは全て、隊長としてあってはならないことだ。

「これからどうなるんだろう」

の小さな呟きは誰にも聞かれることなく、消えてしまった。



「ただいま戻りました」

十番隊執務室に戻ってきた。だが、中には誰もいない。
ゆっくりと息を吐き、いつもの方法・・・・・・で二人の居場所を探した。


死神が誰かの場所を探すとき、霊圧を探る。
探査能力が高ければ、ある程度の距離ならすぐに分かるが、限度がある。
遠い距離の場合は鬼道を使わなければ探せないし、結界術で霊圧を消されてしまったら捕足することは不可能だ。
だが、の場合は違う。 は霊圧を探るのではなく、生命根源の力である精気を感じるのだ。
精気は一人ひとり違っているし、誰もが持っている生きる力。
ゆえに、どんなに遠くの場所にいても、には分かるのだ。


日番谷も乱菊も一番隊隊舎にいる。
日番谷は隊首会の会議中。乱菊は二番側臣室で待機しているようだ。
二人の周りには、それぞれ隊長や副隊長がいるのだから。
は大きなため息をついた。
そして、自分の机に座り仕事を始めた。
近くにある書類に手を伸ばし、的確に処理していった。
静かな執務室で、ずっと。


「はぁ……」

はようやく手を止めた。ゆっくりと息を吐き、自分の心を落ち着かせていく。
もう辺りは暗くなっている。
窓から空を見上げれば輝く月が見える。
細く弓のような月。夜を照らす唯一の光。
身体を伸ばす。筋肉が相当硬くなっているらしい。少し身体を動かすだけでゴキゴキと豪快な音が鳴った。

「ふぁー」

根をつめて仕事しすぎたようだ。
業務時間はとっくに終わっている。
だが、その代わりに全ての書類を処理することができた。
提出するだけの書類が半分。日番谷が判を押すだけの書類が半分。
かなり頑張ったなと自身そう思った。
執務室の明かりを点ける。
部屋の中がゆっくりと暖かい色に染まっていく。
けれど、は寒さを感じた。
日番谷がいない。乱菊がいない。自分以外、誰もいない。

『一人はなんて寂しいんだろう』

頭の中、ルキアの顔が思い浮かぶ。途端に心が軋み出す。
忘れようとしていたことが、消えてくれない感情が、の中でぐるぐる廻って離れようとしない。



夥しいほどの赤。紅く染まってしまった世界。
大切なもの。大好きな人。
壊れてしまった。失ってしまった。もう元には戻らない。
だから、

「私は死神になったんだ」

二度とあんな思いはしたくないから。







  



藍染隊長と恋次の話を立ち聞きしていたヒロインさん。
それを聞いてヒロインさんがどうするのか?
後半はヒロインさんの秘密がほんの少し分かりましたね。
ヒロインさんの過去がこれから関わってくるので、続きを書くのが楽しみです。 (08.11.18)

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