15.警鐘(前編)




三席!」

が十番隊舎へ戻ってきた途端、隊士達がに駆け寄ってきた。
それぞれが自分の思いを口にするが、中身は全て旅禍のことだった。
数百年ぶりに旅禍が現れたとなれば、混乱するのは当然だろう。
自身、かなり動揺しているのだから。

『でも、それを顔に出してはいけない。絶対に』

は自分自身にそう言い聞かせた。
上位席官として、下の者に不安を感じさせてはいけない、と。
隊士達の不安を取り除くように、にっこりと微笑んでは言う。

「大丈夫ですよ。何かあれば皆さんに伝えますから」
「本当…ですか?」
「本当です。指示があるまでいつもどおりに過ごしてください」

の言葉を聞き、の笑顔を見て、隊士達はようやく笑うことができた。
まだ不安は消えないけれど、のことを信じようと思った。

「分かりました。ありがとうございます!」

そう言って立ち去る隊士達を見送った後、から笑顔が消えた。
彼らには「大丈夫」と言ったけれど、はそう思っていなかった。

『これから何か大変なことが起こる』

そんな気がしてならなかった。
どうやっても嫌な予感をぬぐうことができなかった。


極刑が決まったルキア。
ルキアを助けに来た旅禍。
旅禍をわざと逃がした市丸。


それら全てがの心をざわつかせている。
浮き足立ってしまう、弱い心。以前と全く変わらない、弱い自分。


「駄目だな…」
「何がだ?」


突然の声に、は驚きすぎて声も出せず、体が一気に固まってしまった。
後ろを振り返ると、のすぐ後ろには日番谷が立っていた。

「日番谷…隊長」
「気付かなかったのか。珍しいな」

日番谷の言うとおりだ。
いつものならすぐに気付いたはず。
それなのに、日番谷に声をかけられるまで気付かなかった。
日番谷を感じられないほど、は他のことで頭がいっぱいだったということだ。
はそんな自分が本当に情けなかった。
だが、日番谷にとって問題はそこではない。小さくため息をつき、日番谷はに尋ねた。

「で、何が駄目なんだ?」
「えっと…」
「またいろんなもんを溜め込んでるんじゃねえか?」

ルキアの処刑が決まった。
大切な友達が殺されるなんて、かなりショックを受けているだろう。
加えて、旅禍の侵入。
今、はいろんなことを溜め込んでいるに違いない。
そう日番谷は思っていた。確信していたといっても過言ではない。
そして、それは当たっていた。

「日番谷隊長はすごいですね。何でもお見通しです」

そう言っては小さく微笑んだ。
だが、日番谷にはそれが笑顔には到底思えなくて、泣きそうなのを堪えているようにしか見えなかった。


『そんな顔をして欲しくない。心から笑って欲しい』


そう思い、そう願いながら、日番谷はの頭を撫でた。
手にやわらかい髪の感触が伝わってくる。
自分のとは違う、さらさらした髪。
触れるだけでとろけてしまいそうだと思った。

「隊長?」
「あ…、悪い……」

に声をかけられ、なんだか悪いことをした感じがして、日番谷は慌てて手を離した。
だが、心の中では残念に思っていた。

『手を離したくない。触っていたい。ずっとこのまま』

日番谷にとって、それは初めての気持ちだった。


「隊長はのことが好きですよね?」


以前、乱菊に言われた言葉を思い出す。
そうして日番谷は理解する。この気持ちの意味を。への想いを。
心臓の音が聞こえる。苦しいと感じるほどに強い脈動。
に聞こえてしまいそうな気がして、日番谷の鼓動はさらに速まっていく。

「隊長?どうしました?」
「……いや、何でもねえ。執務室に戻るぞ」

そう言うと、日番谷は執務室へと向かい、歩き出した。
は首をかしげながら、日番谷の後に続き歩いていく。
ゆえに、日番谷の顔が赤くなっていることに、は気付かなかった。







  



旅禍侵入からまもなくの話。
ついに日番谷隊長が自分の気持ちを自覚しました。
いつ告白するかは……お楽しみで。(笑) (08.11.18)

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