「西方郛外区に歪面反応!三号から八号域に警戒令!繰り返す!」
「何だ!?何が起きてやがんだ!?」
「……とにかく行ってみよう。恋次君」
は緊張した面持ちで、斬魄刀・曼珠沙華を手にして、立ち上がった。
けれど……。
「俺の蛇尾丸どこだ!?」
「あ!はい!持ってきます!!」
食べかけの団子と飲みかけのお茶を手にして、恋次は理吉に向かって叫ぶ。
それを見たは呆れずにはいられなかった。
「……自分の斬魄刀は自分で管理しようよ。恋次君」
それに対して、恋次は慌てて反論しようとした。
『今朝、理吉に斬魄刀を貸してくれと言われたのだ』と。
だが、はすでに遠く離れた場所に移動していた。
は走りながら後ろを振り返り、大きな声で恋次に言う。
「先に行ってるよ!」
「ちょっと!さん!」
恋次が声を上げるが、そのときにはもうの姿はどこにもなかった。
どうやら瞬歩を使い、本当に先に行ってしまったようだ。
「すみません!!今朝たくあん切るのに使ったから刃がちょっとよごれてま゛ッ!!」
そう言いながら戻ってきた理吉に、恋次は持っていた湯飲みを思いっきり投げた。半分は八つ当たりだった。
その後、理吉から蛇尾丸を受け取るとすぐさま恋次は現場へ向かった。
四大瀞霊門西門・通称『白道門』へとやってくると、恋次は物陰に隠れているを見つけた。
静かにの隣へ近寄るが、恋次のほうを見ようとしない。
は息を潜めながら目の前の光景をじっと見つめていた。
旅禍の少年と三番隊隊長市丸ギンの戦いを。
「脇差やない。これがボクの斬魄刀や」
そう言うと市丸は刀を構える。
すると、一瞬にして空気が変わった。
遠く離れた場所にいるにも伝わってくる。
それはまるで鋭く尖った刃のように。
「射殺せ。神鎗」
刹那。市丸の斬魄刀が伸び、旅禍の少年へと向かっていった。
彼は己の斬魄刀で受け止めるが、耐え切れずに飛ばされてしまう。白道門の門番である児丹坊とともに。
支えとなっていた児丹坊を失い、門が下りていく。
完全に閉ざされる瞬間、市丸はにっこりと微笑み、手を振った。
「バイバ――イ」
ゴォンン
その様子をはただ見ていることしかできなかった。
何がなんだか分からない。けれど、唯一分かることは、何かが起ころうとしているということ。
大変な何かが始まってしまったということだった。
「そこにいるお二人さん。もう出てきてええよ」
市丸の言葉に、と恋次は驚いた。
強張る身体を何とか動かし、市丸の前へと姿を現した。
市丸は微笑んだまま、のほうを見て言う。
「覗き見は趣味が悪いんやなかった?」
「…出てきたほうがよかったですか?」
「嫌やなぁ。冗談やで?ちゃんに怪我なくてよかった思うとるよ」
そう言いながら市丸は刀を鞘に納め、ゆっくりとに近寄る。
は市丸のことをじっと見つめながら『市丸隊長は嘘をついていない』と思った。なんとなくだが、そう思えた。
そして、次には後ろを振り返り、恋次に向かって言う。
「恋次君。そろそろ隊舎に戻ったほうがいいんじゃない?」
「えっ?でも…」
「朽木隊長に怒られても知らないよ?」
「ちゃんの言うとおりやで。早う帰りぃ」
「……………」
恋次はいまいち納得いかなかったが、と市丸にそう言われて、おとなしく隊舎に帰っていった。
その様子をは市丸と二人で眺めていた。
恋次がいなくなり、辺りはしん、と静かになる。
はもう一度、市丸のことをじっと見つめ、尋ねた。
「何故、旅禍を逃したのですか?」
問いただしているのではないし、問いただしたいのでもない。あくまで質問だった。
先ほどの市丸と旅禍の少年の戦い。
には市丸が本気で戦っているようには見えなかった。
市丸は彼を追い払いはしたが、殺そうとはしなかった。
はその理由を知りたいだけだった。
市丸は表情を変えることなく、を見つめたまま言う。
「何で尸魂界にやってきたんやと思う?あの旅禍」
の質問に対する答えではなかった。
旅禍と話したこともないが、彼らの目的を知っているわけがないのに。
市丸の質問に対して、は首を振り、素直に答えた。
「いいえ。分かりません」
すると、市丸は益々楽しそうに笑った。
さらにに近付き、耳元で正解を言う。だけに、そっと。
「助けに来たんやって。ルキアちゃんのことを」
それを聞いた途端、ははっと目を見開いてしまった。
彼らはルキアを助けに来た。危険を冒してまで。
ルキアを助けるために彼らはやってきた。
「ルキア」
のそんな表情を見て、のそんな声を聞いて、市丸の口元はさらに高く上がった。
とても嬉しそうに、とても妖しげに、市丸は笑う。
「どないする?ちゃん。大事なルキアちゃんを助けに来た旅禍を、君は殺せる?」
「私…は……」
「きっと殺せへんやろうね。ちゃんは優しい子やから」
そう言うと、市丸はの頭に手を置き、優しく撫でた。
そして、
「ちゃん。ボクのそばにいてくれへん?」
「市丸…隊長?」
「ボク、君のことが好きや」
突然の市丸の言葉は、告白。
『好きや』
市丸の声がの頭の中を木霊している。何度も、何度も。
「私は……」
「返事は今すぐじゃなくてええよ。ゆっくり考えて、できれば良い答えを聞かせてや」
市丸は笑っていた。は狐に摘まれた顔をしているのに。
そんなの頭をもう一度優しく撫でた後、
「じゃあね。ちゃん」
市丸は踵を返してから離れていった。
は市丸をじっと見つめているのだが、市丸が後ろを振り返ることは一度もなく、そのままどこかへ行ってしまった。
二人の視線が合うことはなかった。
それでも、は見つめたままだった。市丸の背中が見えなくなっても、ずっと。
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