「ただいま戻りました」
ちょうどそのとき、執務室に恋次が戻ってきた。
は恋次に手を振りながら、冷めたお茶を一気に飲み干す。
湯飲みを空にすると、は恋次の腕を掴み、満面の笑みを浮かべて言う。
「今から甘味屋さんに行こう!」
「はぁ?」
突然のお茶の誘い。
恋次は困惑しながらもに言う。丁重にお断りするつもりだった。
「俺、まだ仕事中なんで…」
「朽木隊長。そういうことで、しばらくの間、阿散井副隊長をお借りします」
「……………」
白哉からの返答はなく、そもそも返答を聞くつもりもなく、は恋次を連れ出した。
に手を掴まれた上、ぐいぐいと引っ張られながら、恋次はとともに執務室から出て行った。
先を行くに、必死に声をかける恋次。
「さん!どこにいくんすか!」
「だから、甘味屋さんだって。さっきも言ったでしょう?お気に入りのお店に連れて行ってあげる」
「俺は別に…」
「つべこべ言わずにさっさと歩く!」
は恋次の手をぎゅっと握ったまま離そうとしない。話をしている間も、ずっと。
一方、恋次は今のこの状態にかなり緊張していた。
今まで女の子と手を握ったことがない恋次。
顔をほんのりと赤く染めながら、の温もりを感じながら、ドキドキしている自分の心を抑えていた。
緊張しているせいか、恋次の手には汗が浮かんでいる。
どうすればいいのか、恋次が真剣に悩んでいた、そのとき。
「恋次さん!」
後ろから声が聞こえた。
と恋次は立ち止まり、後ろを振り返った。
それと同時に離れてしまった手。恋次は少し寂しいと感じていた。
「やっと見つけた!」
「理吉じゃねえか。どうしたんだ?」
「『どうしたんだ?』じゃないですよ!今日は一緒に休憩するって言ってたの、忘れたんですか?」
「…あ……悪ぃ」
理吉にそう言われて、恋次はようやく約束を思い出した。
『そういえば、そんなこと言ってたっけ』
そんなことを思いながら恋次は頭を掻いた。
恋次のわき腹をぼんっと叩き、は叱咤する。
「ダメだよ、恋次君。約束を忘れちゃ」
「……誰のせいだと思ってんすか」
そもそもが急に「甘味屋さんに行こう!」なんて言わなければ、こんなことにならなかった。
理吉とは執務室で待ち合わせしていたのだから。
恋次はそう言おうとしたが、その前にが理吉に声をかけていた。
「こんにちは」
「あ!あのときの!」
「先日はありがとうございました。貴方のおかげで助かりました」
「いいえ!無事に着いたのか気になっていたんです」
「……さん。こいつと知り合いなんすか?」
一人置いてきぼりにされ、寂しいと思いながら恋次は二人に話しかけた。
は恋次のほうを向いて「道を教えてもらったの」とだけ答えると、すぐに理吉のほうを見て話しかける。
「どうですか?これから一緒に甘味屋さんに行きませんか?」
「えっ?いいんですか?」
「もちろん。先日のお礼も兼ねて、一緒に行きましょう」
「はい!ありがとうございます!」
そうして三人仲良く甘味屋へと向かった。
恋次は、楽しげに話すと理吉の間に入ることができず、二人の少し後ろを歩いていたが…。
「いらっしゃい、ちゃん。いつものでいい?」
「こんにちは。うん。いつものでよろしく」
「はいよ。待っててね」
店に着くと、店主らしいおばさんがに話しかけてきた。
はこの店によく来ているようで、席決めや注文、お茶の用意など、普通なら店員がやることをが全て行った。
恋次と理吉がその様子を眺めていると、
「おまたせ。ちゃん」
先ほどのおばさんが戻ってきた。
お盆には美味しそうな団子が仲良く並んでいる。
テーブルの上に置くと、お辞儀をして奥の間に戻っていった。
は「さぁ。召し上がれ」と言うように手を出して、恋次と理吉に微笑んだ。
「どうぞ。この店おすすめのお団子だよ」
「いただきます」
恋次は一本を手にし、口に運んだ。
薄紅色の団子。一口食べただけで甘い味とほのかな香りが恋次の心を魅了する。
「美味い」
「でしょ?私、大好きなの。このお団子」
そう言うと、はにへら、と笑った。
そんなの笑顔を見ただけで恋次の心は癒された。
恋次はほんの少し笑うことができた。
「ありがとう。さん」
「どういたしまして」
疲れた心と体を休めるための憩いの場。
このまま穏やかな時間が流れていく……はずだった。
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