14.旅禍(前編)




ルキアと再会を果たした
あの後、ルキアは一言も話さなかったけれど、それでもは嬉しかった。
ルキアに会えた。それだけで十分だった。
それから数日後、は再び六番隊隊舎へとやってきた。
今回はルキアではなく、恋次に会いに来たのだった。

「失礼します。十番隊第三席です」
「入れ」
「失礼します」

執務室に入ると、白哉が仕事をしていた。
白哉は少し顔を上げを見た後、また書類へと視線を落とす。
そして、白哉はに尋ねた。

「何の用だ」
「今回は阿散井副隊長に用があり、参りました」
「恋次は席を外している」
「そのようですね。こちらで待たせていただいてもよろしいですか?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」

は丁寧にお辞儀をし、白哉に近寄った。
黙々と仕事する白哉とその書類を見ると、は小さくため息をついた。
そして、笑みを浮かべて白哉に言う。

「少し休憩されてはいかがですか?」
「構わぬ」
「…今、処理している書類ですが、間違えていますよ。一行目から誤字脱字ばかりです」
「……………」

ようやく白哉の手が止まった。
書類をよく見てみたら、の言うとおり、間違いだらけだった。
白哉は大きなため息をつき、のほうを見た。
は表情を崩すことなく、笑顔のままで白哉を見つめていた。
そんなに白哉は言う。

「少し休む」
「はい。それでは、お茶を入れてまいります」

そう言うと、は給湯室へと向かった。
白哉と自分。二人分のお茶と一人分のお菓子を手際よく用意し、執務室へと戻ってくる。
そして、白哉の机に置き、にっこりと笑った。

「どうぞ」
「ありがとう」

白哉はに礼を言い、熱いお茶を飲んだ。
その様子をは静かに見つめているが、

「……………」

相変わらず白哉は何も言わない。
だが、白哉はゆっくり息を吐いた。
それを耳にした途端、は嬉しそうに笑った。それは『美味しい』という合図だから。
はようやく安心して、自分のお茶を飲んだ。
とても上品で、とても飲みやすい味。
次第に心が休まっていく。



それから、と白哉の間に特に会話はなかった。
それはいつもと変わりない。
けれど、いつもとは雰囲気が違った。
重苦しい上に、刃のように鋭い何かが全身を突き刺している感じがする。
は特に変わりない。いつものように過ごしている。
ということは、今のこの雰囲気は白哉が作っていることになる。

『いったい何故?』

がそう思ったときだった。

「何故、兄は私を責めないのだ」

突然、白哉がにそう尋ねてきた。
はじめ、は質問の意味が理解できなかった。
『どうして私が朽木隊長を責めなければいけないのだろう?』と思っていた。
の脳裏にルキアの顔が浮かぶまでは。

『ルキアの処刑を止めようともしない自分を、どうして責めないのだ』

ようやく白哉が言いたいことが分かった。
はかなり呆れてしまい、特大のため息をついた。
馬鹿馬鹿しいとさえ思う。腹立だしいと本気で思う。
けれど、それらと同じくらい、『本当に不器用な人だ』と思った。
自分の思いを伝えられず、自分の心のままに生きられず、何かに囚われているように見える。
そんな白哉を責めることなんて、にはできなかった。

「誰でも自分が信じる道を進んでいます。それを否定することは誰にもできません。だから、私は朽木隊長を責めません」
「そうか…」
「ですが、もしも朽木隊長が私の歩みを阻むのならば、そのときは、全力でお相手させていただきます」

進みたい道。進むべき道。
誰かの道とぶつかってしまったら、どちらかが諦めなければいけない場合もある。
はきっと諦めることはできない。自分の歩みを止めることはできない。
ゆえに、もしもこの先、自分の進もうとしている道を誰かが阻んだら、はどんなことをしても進むだろう。
たとえそれが大好きな人だとしても、自分が信じる道を歩み続けるだろう。







  



ルキアとヒロインさんの再会後のお話。
朽木隊長は、ルキアや恋次の前では平然としていたけれど、きっと悩んでいると思います。
ヒロインさんの言うとおり、朽木隊長は本当に不器用な人ですよね。
それでも、そんな朽木隊長を責めたりせず、優しく受け入れるヒロインさんでした。 (08.11.11)

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