10.涙




忘れていたわけではない。
戦いの場に身をおくということがどういうことなのかを。
知らなかったわけではない。
死と隣り合わせだということを。
それでも理解していなかったのかもしれない。
そうだとしても認めたくなかったのかもしれない。
大切なものを失くすということを。大好きな人を亡くすということを。



「ルキア…」
「……親しかったのか?朽木ルキアと」
「ルキアは…私の友達です。私にとって一番大切な友達なんです」

『友達』という言葉を聞いて日番谷は表情を歪めた。とても痛そうに、とても辛そうに。
だが、はそれに気付かなかった。気付くほどの余裕が今のにはなかった。
ルキアを何度も呼ぶ
けれど、その名を口にするたびの目からは涙が零れる。
そしてそれは頬を伝い、日番谷の死覇装を濡らしていく。
の内からいろんな感情が涙となって外へと溢れ出ていく。

『それなのに胸が苦しいのはどうして?』

ルキアの名を呼べば呼ぶほど、ルキアのことを思い出せば思い出すほど、重くなっていくの心。
どうしてなのか、自身分からなかった。


しばらくして、は日番谷からゆっくり離れた。
日番谷はずっと後ろを向いていたが、ようやくのほうを見ることができた。
はもう泣いてはいない。
だが、の目は腫れてしまっていて、そんなを見ているだけで日番谷は自分の胸が痛むのを感じた。

「……大丈夫か?」

そう尋ねずにはいられない。
『大丈夫』と答えると分かっていても。
心配かけないようにするために無理して笑うと分かっていても。

「大丈夫です。いっぱい泣いて少しすっきりしました。ありがとうございます」

案の定、は『大丈夫』だと答え、日番谷に笑ってみせた。
そんなを見て、日番谷がどう思うのか、分からずに。

「羽織、ありがとうございました。洗ってお返しします」
「いや、別にいい」
「いいえ!やらせてください!」
「……分かった」

日番谷の了承を得ると、は日番谷の羽織を握り締め、微笑んだ。

「……………」

日番谷は、これ以上、に何も言うことはできなかった。
言いたいことはあるが、全部飲み込んだ。
言うべきではない。言っても仕方がない。
そう思うから、どんなにつらくても、言いたいことは言わない。
その代わりに、ひとつだけ、に尋ねた。

「……これからどうするんだ?」

ルキアが行方不明になった。
今すぐにも現世へ向かい、ルキアのことを探したいと思うだろう。
けれど、日番谷はそれを許すことはできない。
は十番隊三席として、やるべきことがある。
もしもが「現世へルキアを探しに行く」と言うのなら、日番谷は止めなければならない。
日番谷の問いに対し、の答えは……。

「ルキアは行方が分からないだけで、まだ何も分かっていません。だから、私は信じます。ルキアは絶対無事だって。いつかきっと戻ってくるって」
「そう…か……」

それを聞いて、日番谷は安心した。
そして、に小さく微笑み、日番谷は言う。

「自室に戻れ。ゆっくり休め」
「はい。ありがとうございます」

日番谷にお辞儀をして、は自室へと戻っていった。
日番谷はそんなを見届けた後、ふと空を見上げた。
暗い闇の中、月が冷たく輝いていた。







  



前回に引き続き、ルキアが行方不明を聞き、泣くヒロインさんと黙ってそばにいる日番谷隊長。
隊長は言いたいことがあっても言わない人だと私は思います。
言わなければいけないことはちゃんと言うけど、自分の気持ちは言わないと思います。
そうして自分の中に溜め込んでしまうので、いつかヒロインさんに全てを打ち明けられる日が来るといいなと願っています。 (08.09.18)

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