少しの間、席をはずしていた日番谷。
執務室に戻ってくると、は机にうつぶせて眠っていた。小さな寝息が聞こえる。
日番谷はそっとの肩に触れるが、起きる様子はない。
の身体を抱えて仮眠室に移動させた。
畳の上に寝かせて毛布をかけてもが目を覚ますことはなかった。
それほど疲れているということだろう。
ゆっくり休んでほしいと心から願いながら、日番谷は静かに仮眠室から出ようとする。
だが、日番谷の足は止まってしまった。
の頬を涙が伝い落ちていくのを見てしまったせいで。
「……………」
日番谷はの頬に触れて涙を拭く。
濡れた指先を見つめた後、その手をぎゅっと握り締めた。
いつもと変わりないように見えた。
明るく笑っていたから安心していた。
けれど、それは間違いだったと日番谷は思う。
笑っているからといって、それが本当の笑顔とは限らない。心から笑っているとは分からない。
現に今、は泣いている。
どうして泣いているのか分からないけれど、
『泣いてほしくない』
そう心から思う。
『笑顔が見たい』
そう心から願う。
全部自分のエゴであると分かっている。
「それでも…俺は……」
仮眠室に日番谷の小さな声が響いた。
「…あれ?」
目が覚めたとき、は自分がどこにいるのか分からなかった。
自分の身体と寝ぼけた頭を起こしながら辺りを見回す。
しばらくしてここが仮眠室だということに気づいた。
「どうしてここにいるんだろう?」
執務室で仕事をしていたはず。
自分で仮眠室に移動した覚えはない。
となると、誰かが運んでくれたということになる。
は目を閉じて霊圧を感じる。
感覚を研ぎ澄まし、微かに霊圧が残っているのが分かった。
それが誰のものなのか分かると、はなんだか嬉しくなって小さく笑みを浮かべた。
扉の向こうに日番谷の霊圧を感じ、は隣の部屋に向かった。
が執務室の扉を開けた、ちょうどそのとき。
ふわり。
地獄蝶がやってきた。
それはこの場所にいる日番谷、乱菊、をはじめ、護廷十三隊の隊士全員に伝令を伝える。
『十三番隊朽木ルキアが虚と交戦した後、行方不明になりました!!』
行方不明。
負傷でもなく、死亡でもなく。
こんなことは前例がない。こんなことは初めてだ。
『朽木ルキア行方不明』という知らせは、瀞霊廷、全死神に衝撃が走った。
大混乱の中、は一人、執務室から静かに立ち去った。
堪えながら抑えながら行く先は十番隊隊舎裏の修行場だった。
ルキアと一緒に修行をした、桜の木の下で休憩して語り合った、思い出の場所。
花はすでに散ってしまった。
桜は薄紅色から緑色へと姿を変えてを迎える。
けれど、はそれを見ることができない。
周りに誰もいないことを確かめた途端、の瞳から涙が溢れて視界を滲む。
目を閉じてできる限り声を殺して泣く。
こんな自分を見せたくなかった。
誰にも見られたくなかった。
それなのに。
「ど…して……」
がゆっくりと振り返ると、そこには日番谷がいた。
執務室にいたはずなのに、霊圧を消してここまで来たはずなのに。
「…………」
日番谷は何も言わない。
黙ったままのことを見つめている。
隊長の証である純白の羽織を脱ぎ、それをにかぶせた。
の涙を隠すように、の心を守るように。
そして、日番谷は後ろを向き、に言う。
「一人で泣くな。泣いてるところを見られたくないなら俺は絶対見ない」
はゆっくりと日番谷に近づいていく。
一歩、また一歩。日番谷のところへ歩みを進める。
すぐ目の前まで、手を伸ばせば届く距離までやってきて、は日番谷を後ろから抱きしめた。
の行動に驚く日番谷だったが、すぐにの身体が震えていることに気づいた。
抱きしめてやりたいと思う気持ちを抑えながら、日番谷は目を閉じて待っていた。
が泣き止むまで、ずっと……。
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