9.暗影(前編)




穏やかな日々、変わらない日常。
ずっと続くと思っていた。
根拠なんてものはどこにもないのに。
変わらないものはないと分かっていたのに。
だからこそ続いてほしいと、変わらないでほしいと願っていた。



ルキアが現世に向かってからもう少しで一ヶ月が経つ。
の毎日はいつもと変わらなかった。
朝は曼珠沙華とともに鍛錬をし、昼は日番谷とともに大量の仕事をし、夜は乱菊の仕事の手伝いで残業をした。
忙しくてなかなか休むことができなかったけれど、はほっとしていた。
仕事に集中していれば余計なことを考えないから。
考えたくないことを遠ざけるように、考える行為自体から逃げるように、が日々を過ごしていた、そんなある日。

「お帰りなさい。日番谷隊長」
「おう」

隊首会を終えて、執務室に戻ってきた日番谷を、は笑顔で出迎えた。
日番谷は自分の席に着くと大きく息を吸い、吐き出す。
には、それがため息に聞こえた。
仕事の手を止めて席を立つと、は給湯室へと向かい、熱いお茶を淹れる。
そして、執務室に戻り、日番谷の机にそれを置いた。

「ありがとう」

日番谷はに小さな笑顔を見せた後、お茶を一口飲む。
それだけで疲れがどこかに行くような気がした。
それはきっと気のせいではないだろう。
の笑顔を見ているだけで、日番谷の心は癒されるのだから。
心穏やかにお茶を飲む日番谷だが、どうしても気になることが一つあった。
聞きたくないが、聞かなければならない。
お茶を飲み干して空になった湯飲みを机に置き、日番谷はに尋ねる。

「松本はどこだ?」

日番谷が隊首会に行くときにはいたはずなのに、今はどこにもいない。
霊圧を探っても、どこにも乱菊の霊圧は感じない。

「『お客様用のお菓子を切れたから買いに行ってくるわねー』って言って買い物に行きました」
「あの野郎……」
「さっきは久里屋にいましたけど、今は桜花にいますね。何人分のお菓子を買う気なんでしょう?」

そう言うと、は日番谷に小さく笑った。
少し呆れているらしく、お手上げというように両の手を挙げる。
一方、日番谷は驚きの表情を隠せずにいた。

「お前、松本の居場所が分かるのか?」
「はい。分かりますよ」

の言葉に日番谷はさらに驚いた。
十番隊隊舎から桜花までかなりの距離がある。
鬼道を使えば分かるだろうが、はそれを使わずに霊圧探知のみで分かったと言う。
日番谷は『なんてやつだ』と心からそう思った。

「隊長?どうしました?」
「…いや、なんでもない。……仕事するか」
「はい。頑張りましょう!」

日番谷とは仕事を始めた。
いつもと変わらない、平凡な一日だった。
まだ、このときは………。







  



ヒロインさんの必殺技。
どんなに遠くにいても他の人の居場所が分かります。
後編、急展開です。お楽しみに! (08.09.11)

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