乱菊の助けもあり、日番谷は無事にを食事に誘うことができた。
だが、その後も大変だった。
に「店はどこがいい」と尋ねても「お任せします」と言われてしまい、日番谷はかなり困った。
悩んだ末、日番谷は自分が前に入ったことがある小料理屋に決めた。
二人が店に入ると店員に個室へと案内された。だが、会話がはずまない。
店員が注文を聞きに来たときに少し話したくらいで、ほとんど黙ったままだった。
『話さなければ』と思うのだが、そう思えば思うほど何を話せばいいのか分からなくなる。
日番谷はそんな自分が情けなかった。
すると、
「失礼します」
そう言って店員は冷酒を持ってやってきた。
ほんの少しほっとする日番谷だが、店員は徳利と盃をテーブルに置くと早々に部屋から出て行ってしまう。
また気まずい空気になると日番谷は思ったが、そうではなかった。
のほうを見ると、じーっと冷酒を見ている姿が日番谷の目に映った。
とても興味津々な目で見つめるを見ながら日番谷は尋ねた。
「酒を飲むのは初めてか?」
「…はい。お恥ずかしい限りですが…」
それを聞いて日番谷は少し驚いた。
経歴からすれば日番谷よりも先輩である。
酒を飲んだことがあるだろうと思って頼んだのだが、そうではなかったようだ。
「そうか。最初に確認しなくて悪かった」
日番谷はそう言って頭を下げた。
すると、は慌てて首を横に振りながら言う。
「いいえ!『お任せする』と言ったのは私です!ですから隊長は悪くありません!」
日番谷に非がないことを必死に主張する。
その様子を見ているだけで日番谷の心は和んだ。
微笑みながら徳利を持ちに尋ねる。
「飲むか?」
日番谷にそう聞かれては少し悩んでいるようだったが、自分の盃を手にした。
それを見た日番谷は嬉しそうに笑い、の盃に酒を注ぐ。
自分のも同様に注ぎ、を見た。
酒を睨むように見つめている。その表情からかなり緊張していることが容易に分かった。
「そんなに怖がるな。初めての酒を味わえ」
日番谷にそう言われて、の緊張は少しだけ緩む。
それを見て、日番谷は自分の盃を手にしてのそれに近付けた。
リーン。
交わる硝子の盃。
部屋に響くその音はとても透き通っていて、まるで鈴の音のようだった。
は口をつけて恐る恐る一口飲む。
初めての酒。それに味はなく、の身体を一気に熱くする。
「どうだ?」
「正直よく分からないです。でも、なんだかすごく気持ちいいです」
そう言うとは、にへら、と笑った。
赤く染まった頬、とろんとした目。
普段とは違う印象のに日番谷はドキドキした。
この気持ちが何なのか、答えを見つけようとしたが、
「お待たせしました」
再び店員がやってきて、頼んだ料理を次々と運んできた。
結局、答えを見つけることはできなかった日番谷。
そんな日番谷に気付くことなく、は料理を見つめながら嬉しそうに笑った。
「わぁ!どれも美味しそうですねー!」
「……そうだな」
全ての料理が出揃うと、は両手を合わせた。
日番谷もそれに倣い、両手を合わせる。
「いただきます!」
そう言って料理を一口食べた途端、は頬に手を当てた。
とても幸せそうに笑い、日番谷に言う。
「美味しいですー」
「そうか。よかった」
箸が進み、同じくらい酒も進む。
それくらい美味しい料理と酒だった。
ほとんどの料理を食べ終える頃にはの顔は真っ赤になっていた。
「ふにゃぁ」
猫のような声を上げる。
そんなを日番谷は心配し、声を掛けた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫ですにゃー」
「…大丈夫に見えねえよ」
こんなになるまで飲ませてしまったことを日番谷は後悔していたが、はそんな日番谷に感謝していた。
そして、その気持ちを素直に口にする。
「ありがとうございますにゃー」
「……俺はお前に礼を言われるようなことは何もしていない」
が何を悩んでいるのか、結局聞くことができなかった。
が抱えているものを取り除くことができなかった。
けれど、は首を横に振り、日番谷に優しく言う。
「たいちょーのおかげで暗い気持ちがどこかに行っちゃったですにゃ。だからありがとうなのですにゃー」
はゆっくりと息を吸い込む。
熱くなった自分の身体が元に戻っていくような気がした。
そして、は日番谷の瞳をまっすぐ見つめた。
日頃、自分は日番谷にどれだけ感謝しているのか。
日番谷は自分にとってどんな存在なのか。
自分の気持ちを、普段は言えない気持ちを、全部言うために言葉を紡いでいく。
「隊長。貴方がいるから私は頑張れるんです。貴方への想いが、貴方との誓いが、私の支えているんです。だから、いつもありがとうございます」
の素直な気持ちは日番谷の心に届いた。
強く、深く。まるで愛の告白をされているような感覚に陥るほどに。
何か言わなければ、と日番谷は思った。
自分も気持ちを伝えなければ、と日番谷は考えた。
だが、日番谷の望みが叶うことはなかった。
何故なら……。
「スー、スー」
伝えたい本人が眠ってしまったからだ。
気持ちよさそうに眠るを、日番谷はため息をつきながら見つめた。
日番谷がの頬に優しく触れると、は嬉しそうに微笑む。
とても幸せそうな笑顔に、日番谷にも自然と笑みがこぼれた。
戻
進