「失礼します。十番隊第三席です」
「どうぞ」
入室を許されるとは五番隊隊舎・執務室へと足を踏み入れた。
そこには五番隊隊長藍染惣右介の笑顔があった。
はそんな藍染をじっと見つめたまま黙っている。
すると、太陽に暖かい笑みを浮かべながら藍染はに話しかけてきた。
「君が君か。雛森君からよく話を聞いているよ」
「私も藍染隊長の話は雛森副隊長からよく聞いております」
「そうか。だが、他人から話を聞くのと実際に会うのでは違うだろう?」
そのときは藍染から重圧を感じた。
ほんの少しだけなのに、霊圧を上げたわけではないのに、の心は恐怖でいっぱいになる。
けれどはそれに耐えて笑みを浮かべた。
今すぐここから逃げ出したい。
そう思うほど目の前の人物が怖いのにも関わらず、は藍染に微笑んだ。
「仮面を被った人だと思いました」
は素直に自分の気持ちを口にする。
それを聞いた相手がどんなことを思うかを考えるよりも先に言葉が出てきたのだ。
の言葉を聞いて藍染は驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
だが、それはもういつもの温和な笑顔ではなかった。
眼鏡の下にある瞳には、人を見下すような、全てを見透かすような、深い闇が隠されていた。
「ほう。何故そう思うかな?」
「なんとなくです。雛森副隊長から『とても優しい人』だと聞いていました。ですが、私には『優しい人の仮面を被っている』ようにしか見えません」
「……面白いね、君は。聞いていた通りだ」
「聞いていた?」
は誰に聞いたのか尋ねようとしたが、やめた。
いつものように優しく笑う藍染を見て、藍染が仮面をつけたのを見て、聞いても無駄だと思ったから。
は持ってきた書類を差し出した。
「日番谷隊長から書類を預かってまいりました。確認お願いします」
「分かった。ご苦労さま」
何事もなかったように振る舞うと藍染。
これが藍染との初めての出会いだった。
書類を渡すとすぐには五番隊を出て行った。
後ろから視線を感じたが振り返ることはなかった。
振り返ってはいけないと自分に言い聞かせながら、先程できなかったことに、この場所から離れることに集中していた。
五番隊隊舎から離れて十番隊隊舎近付いてくると、はようやく立ち止まった。
額には冷や汗が浮かび、手は震えが止まらない。
深呼吸して心を落ち着かせようとする。
ゆっくりと息を吸い、吐き出す。
心臓の鼓動が落ち着いたのを感じるが、まだ心は不安でいっぱいだった。
そんな状態のままは執務室へと急いだ。
「ただいま戻りました」
が執務室に戻ると、そこにいたのは日番谷だけだった。
周りを見回すが、乱菊はどこにもいない。
『またサボりかな…』
そう思いながらは自分の席に着く。
そして、
「あれ?」
はもう一度周りを見回した。
けれどの探し物――机の上に置いてあった大量の書類――はどこにもない。
「隊長、私の仕事やりましたね?」
は日番谷のほうを見て尋ねる。
すると日番谷は表情を変えずに答えた。
「ああ。俺と松本の二人で全部終わらせた」
「…では、代わりに残っている仕事をください」
そう言いながら手を伸ばす。
それに対して日番谷は一言だけ。「ない」とはっきり答えた。
「ない?そんなわけ」
「さっきも言っただろ?『俺と松本の二人で全部終わらせた』ってな。だからないものはない」
「……全部終わらせた?」
日番谷の言葉には驚きを隠せなかった。
今朝もは書類の分類を行った。
多いというわけではないが、少ないともいえない仕事の量。
それを知っているからこそ、短時間で終わらせてしまった日番谷と乱菊。
は少し呆れたように日番谷を見つめていた。
しばらく沈黙が続いたが、は微笑み日番谷に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「何がだ?」
「『何がだ?』と言われたら返事を返すのに困ってしまいますね。お礼が言いたかっただけなので」
日番谷と乱菊の優しさが嬉しかった。
心配をかけて申し訳ないけれど、嬉しい気持ちのほうが大きかった。
「すみません」ではなく「ありがとう」を伝えたかったから。
「なぁ、今から飯を食いに行かないか?」
「今から、ですか?」
「…ああ」
「私と、ですか?」
「…ああ」
日番谷に質問を繰り返す。
それもそのはず。は日番谷に食事を誘われるのは初めてなのだ。
それゆえに、びっくりして言葉が出てこない。
答えは決まっているのに、答えなければと思えば思うほど声に出せない。
すると…。
「あー!もう!じれったい!」
突然、執務室に響いた声。それは乱菊のものだった。
乱菊はに近付き、尋ねる。
「!はっきりしなさい!隊長と食事に行きたいの!?行きたくないの!?どっち!?」
「……行きたいです」
「よし!だそうですよ!隊長!」
の答えを聞いて満足したのか、乱菊は満面の笑みを浮かべながら日番谷のほうを見た。
だが、日番谷はかなり不機嫌そうだった。
眉間には深々と皺が刻まれ、周りからは冷たい空気が流れてきている。
「……松本、テメェ、いつからそこにいた?」
「…えっと……お疲れさまでーす!」
乱菊は日番谷の問いに答えずに、脱兎のごとく執務室から出て行った。
日番谷が大きなため息をつきながら「あの野郎…」と小さく呟いていると。
「……あはははは!」
今度はの明るい笑い声が響いた。
そんな二人の様子を黙って見ていたが、可笑しくて笑い出してしまったのだ。
日番谷はの笑顔を見つめていたのだが、がそれに気付くことはなかった。
しばらくしての笑いがようやく止まると、
「行くか」
日番谷はそう言って笑みを浮かべる。
そんな日番谷の宝石のように美しい瞳には目を奪われてしまった。
心臓がドキドキして落ち着かない。
日番谷から目をそらすこそができない。
本当のことを言うと、目をそらしたくない。ずっと見つめていたい。
それはまるで………。
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