5.一言(前編)




昼休みが終わり午後の業務が始まった。
十番隊の執務室にいるのはと乱菊の二人だけ。
この日、日番谷は午後から任務のために不在だった。
二人で仕事をするようになっているのだが…。

「乱菊さん」
「んー?なぁに?」
「仕事してください」

乱菊は長椅子にごろんと寝転がり、お菓子を食べながら瀞霊廷通信を読んでいる。
自分の机の上には書類がたくさん積まれているのにも関わらず。
その中には提出日が今日までのものがあるのにも関わらず。

「今は休憩中なのー」
「サボっていると隊長に怒られますよ」
「大丈夫よー。隊長が戻ってくるのは夕方だし、が手伝ってくれるから」

は手伝うと一言も言っていないのだが、乱菊の中ではそう決まっているらしい。
もう一度が「仕事してください」と言おうとしたら、


ぴぴぴぴ


突然、機械音が鳴り響いた。
すると、乱菊は胸元から何かを取り出した。
それは乱菊が個人で所有している伝令神機であり、音の発信源だった。

「もしもーし」

通話ボタンを押し、話し始める乱菊。
そんな自分の上司を見ながら、は小さくため息をついて自分の仕事に専念しようとした。
けれど。


「はぁ!?ちょっと!待ちなさいよ!」


乱菊の大声に驚き、は仕事の手を止める。
そのまま頭を上げると、乱菊が画面を睨みながら伝令神機を握り締めていた。

「どうかしましたか?」

がそう尋ねると、乱菊は複雑な表情を浮かべた。
困ったような瞳で、呆れたような顔で、乱菊はに言う。

「さっきの電話、三番隊のギン……市丸隊長だったんだけど、今すぐ三番隊に来て欲しいって」
「行ってらっしゃい」
「私じゃなくてがね」
「…はい?」
「『ちゃん今すぐ寄越してー』ですって。、アンタいつの間にギンと仲良くなったのよ?」
「仲良くないです。初めて会ったのも最近ですし」

は大きくため息をつき、手をつけたばかりの書類を一気に処理した。
書類の処理をあっという間に終えて提出箱に入れると、自分の机の上にある書類を見回す。
提出が今日までの書類はもうないし、残りのは明日に回してもいい書類ばかりだった。
それを確認すると、は席を立ち乱菊に一言言う。

「では、私は三番隊に行ってきます。乱菊さんはお仕事してくださいね」
「えっ?本当に行くの?」
「はい。呼ばれた以上、行かないと相手に失礼ですから」
「アンタって本当に真面目ねぇ」
「隊長が戻ってくるまでに終わらせてくださいね。私は乱菊さんの仕事のお手伝いはしませんから」
「えぇー!!」
「行ってきまーす」


傾いていく日が、ゆっくりと沈んでいく。
空が茜色に染まり、その光が執務室を優しく包み込んでいく頃、

「あ、たいちょー。お帰りなさーい」
「……おう」

任務を終えて日番谷が戻ってきた。
乱菊はお茶を淹れようと思い立ち上がろうとするが、日番谷に止められた。
日番谷に「いいからお前は仕事を続けろ」と言われて、乱菊は素直に「はーい」と返事をする。
言われたとおり仕事を続けようとするが、手が動かなかった。
汗がタラリと乱菊の肌を流れていく。それを拭うこともできないほど、乱菊の身体は動けなかった。
その原因は日番谷にあった。
日番谷がいつまで経っても自分の席に着こうとしないせいだ。
いつもならすぐに自分の椅子に座り、任務の報告書を書き始めるのに、このときは違った。
とても不機嫌そうに仁王立ちしている日番谷。その眉間には皺が深々と刻まれている。
どうしてこんなに不機嫌なのか、乱菊は全く分からなかった。
真面目に仕事しているし――今日提出の書類が未だ終わっていないが――怒られることは何もしていないはずなのに。
日番谷はなんにも言おうとしない。
『気にしない』と自分の心に言い聞かせながら仕事を再開しようとする乱菊だったが、無駄なことだった。
日番谷の威圧が乱菊の手を鈍らせ、執務室の重い空気が乱菊の心を鈍らせている。
乱菊は意を決して、恐る恐る日番谷に尋ねた。

「…隊長、どうかしました?」
「……はどうした?」
「…ですか?は三番隊に行ったままですけど……」
「……三番隊、だと?」

乱菊の口から『三番隊』と聞いた途端、日番谷の機嫌はさらに悪くなった。
それと同時に周りの温度が下がり、執務室は真冬のように寒くなる。

「隊長!霊圧下げてください!」
「…………」

乱菊の叫びを聞き、日番谷は霊圧を下げた。執務室の温度も元に戻る。
日番谷の霊圧にアテられて息が切れてしまった乱菊。
冷えた身体をさすりながら深呼吸を繰り返す。
しばらくしてようやく落ち着いてきた乱菊に、日番谷は尋ねた。

「……なんでアイツは三番隊に行ったんだ?」
「ギン……市丸隊長が呼び出したんです。、アイツにかなり気に入られているみたいで……」


バタン!


乱菊の話を最後まで聞かずに、日番谷は執務室から飛び出していった。
一人、執務室に残された乱菊。
はじめは口をポカンと開けていたが、すぐに口元が上がり艶のある笑みを浮かべた。
この気持ちを抑えることができず、乱菊は声を上げて笑った。







  



日番谷隊長ご乱心!後編に続きます。 (08.08.03)

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