10.誓い




仲良く執務室に出勤してきたと乱菊。ちょうどそのとき、地獄蝶がやってきた。
そして、十三番隊副隊長志波海燕が死んだことを知った。


先日、新たに出現した虚のデータを採取するために十三番隊で編成された部隊が全滅。
それを知った海燕は虚の討伐へと向かった。
交戦の末、虚を倒すことに成功したが、そのまま息を引き取った。


この報告は護廷十三隊全隊士に伝えられた。
十三番隊の隊士はもちろん、多くの隊士たちが海燕の死を悼んだ。
それほど海燕はみんなに愛され、慕われていた人物だったといえるだろう。



しん、とした執務室で一人はボーっとしていた。
全隊士は自室で待機しろと言われたのだが、はそれに従わなかった。
自室でいるよりも執務室にいたほうが良かった。たとえ同じ一人でも、全く違ったから。

「海燕さん……」

その名を口にした途端、の脳裏に海燕の笑顔が浮かんだ。が初めて海燕に会ったときのことを。


「十三番隊副隊長の志波海燕だ!よろしくな!」
「十番隊です。こちらこそよろしくお願いします」
「お前がか。朽木からよく話を聞いてるぜ。これからもアイツと仲良くしてやってくれな」
「はい。もちろんです」

そのとき、まだ平隊士だった
本来なら副隊長と話をできるような立場ではなかったのだが、海燕はそんなことを気にせず話しかけてくれた。
は、ルキアが海燕のことを尊敬する理由が、このとき分かった気がした。
十三番隊はいつも明るくて笑顔で溢れていた。その中心にはいつだって海燕がいた。
他隊の隊士であるが見ても実感した。海燕は十三番隊にとってなくてはならない存在であることを。


「……?」

突然響いた声。振り返るとそこには日番谷の姿があった。
驚いた表情を浮かべて互いを見つめ合う二人。どちらも気だるそうだった。
は日番谷が疲れた顔をしているのに気付き、にっこりと笑った。

「お茶を淹れてきますね」
「いや、俺は…」

日番谷が断ろうとする前に、は給湯室へと向かった。
慣れた手つきで日番谷好みのお茶を淹れる月花。
日番谷と自分、二人分のお茶を持って執務室に戻った。
日番谷は、自分の席ではなく、長椅子に座っていた。
は、テーブルの前に湯飲みを置き、日番谷と向かい合うように長椅子に座った。

「今日はお疲れさまでした」
「ああ」


日番谷は今までずっと隊首会に行っていた。
海燕が死んだことで十三番隊隊長・浮竹十四郎への詰問が行なわれたためだ。
当初、討伐隊の編成を待たずに海燕を虚のもとへ向かわせたのは上司である浮竹の責任とされたが、
それは海燕が勝手に行なったことで浮竹に責任はないという意見も上がった。
議論の結果、浮竹は謹慎処分ということでその場は治まった。浮竹は何も言わずにその処分を受け入れた。


「……………」

日番谷は何も話そうとしない。
そんな日番谷には笑いながら話し始めた。

「昨日はありがとうございました」
「ああ」
「今日はゆっくり休んでくださいね」
「ああ」
「明日からお仕事大変になりそうですね」
「ああ」

が何を話しかけても日番谷は「ああ」としか答えない。
何か考え事をしているらしく、の声は全く届いていないようだった。
それがすごく寂しくて、ほんの少し悲しくて、は下を向いたまま黙ってしまった。

『執務室にいれば誰かが来るだろう。それが日番谷隊長だったら…』

そう思ったからは執務室にいた。
来るかどうかなんて分からなかったし、自信なんてなかったけれど、それでも会いたいと心の中で強く願っていた。
そして、誰かが願いを叶えてくれたのか、日番谷はやってきた。
はとても嬉しかった。本当に幸せだった。
けれど、今はそうではない。
その理由をは知っているが、分かりたくなかった。
は、目を閉じてゆっくりと息を吐き、笑顔を作った。

「私、そろそろ自室に戻りますね」

そう言うと、は立ち上がった。この場所から、日番谷の前から、今すぐ立ち去るために。
日番谷は「ああ」と言うだけだろうと、このまま行かせてくれるだろうと、そう思っていた。
けれど、


ぎゅっ


突然、腕を掴まれてしまい、は動けなくなってしまった。
今までずっと黙っていた日番谷の手によって。

「日番谷隊長?」
「悪い。だが、俺の話を聞いてくれないか?」

いつもとは違う日番谷の様子には戸惑いを隠せなかった。
日番谷はの返事を待っているのだが、はそれを返すことすらできない。
けれど、真剣な瞳でのことを見つめている日番谷を見て、は心を決めた。
日番谷をまっすぐ見つめて、しっかりと頷いた。
それを見た日番谷はさらに言葉を紡ぐ。

「昨日の夜、お前の斬魄刀・曼珠沙華と話をした。曼珠沙華はお前を助けるために保管庫から移動したと言っていた。斬魄刀が自分の意志で移動するなんて普通では考えられないことだ」
「……………」

は何も言わない。ただ日番谷の話を聞いている。
まだ話は続いていると分かっているからこそ、日番谷の言葉を聞いていた。

「世界にとって曼珠沙華は異質なものとされるかもしれない。だが、俺はそうは思わない。たとえ他の誰かが異質だと思ったとしても、は俺にとってすごく大切だから」

日番谷は笑みを浮かべた。
そして、に、自分自身に、誓う。

「何かあったら俺を呼べ。俺はお前を護るから」

この言葉の意味を、日番谷の気持ちを、は知っている。
知っているからこそ、の瞳に涙が浮かんだ。
涙で滲んだ視界の中で、日番谷はあのときの自分と同じ眼をしていた。


「もし何かあったら、もしどうしようもなかったら、私を呼んで」


がルキアに言った言葉。
ルキアのことが大切だから、ずっと笑っていて欲しい。
そう心から思えるからこそ、あの日、はルキアと約束を交わしたのだ。
日番谷は、自分の気持ちを全部伝えたので、静かにの答えを待っていた。
頬を涙が流れ落ちていくが、日番谷がよく見えなくなってしまったが、は笑った。

「もし何かあったら、もしどうしようもなかったら、私はあなたのことを呼びます。
あなたが私のことを護るというのならば、私はあなたのそばにいます」



その日の夜、自室で書き物をしているの姿があった。
机の前できちんと正座し、慎重に筆を走らせているそれは、手紙だった。


『親愛なる朽木ルキア様。
ルキアに手紙を書くのはこれが初めてだね。
初めての手紙。そう考えるとなんだか緊張するね。
普段手紙を書くことがないからかもしれないけど、今、私はとてもドキドキしてる。
何を書こうか、何から伝えようか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
それでも私は手紙を書くことにしたの。
ルキアに伝えたいことがあるから。
あの日、ルキアは友達ごっこは止めにしよう、友達になれるわけがなかったって言ったけど、私はそうは思わない。
ルキアは私の友達だから。
迷惑かもしれないけど、これだけは譲れない。絶対に譲りたくないの。
ルキアは私の大切な友達だよ。
今までも、これからも、ずっと変わらないから。
これだけは忘れないで。
また手紙を書きます。
身体に気をつけてお互いに仕事頑張ろうね。



手紙を書き終えると、はゆっくりと筆を置いた。ようやく一息つくことができ、腕を伸ばして疲れた体をほぐした。
立ち上がり窓を開けると、星がキラキラと輝いていた。
雨が降って空気が澄んでいるせいか、いつもよりもずっと綺麗だった。
そんな空を見上げながら、は少しだけ泣きそうになりながらも、小さく微笑んだ。







  



 (08.06.02)

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