「斑目三席!どうして!?」
「お前は逃げるのが上手いらしいが、次はそうはいかねえぜ!」
の叫びに応えることなく、一角は刀と鞘を付けた。
そして、
「延びろ!鬼灯丸!」
一角は斬魄刀を解放する。
刀は槍へと姿を変え、一角の闘志は変わらぬまま、に向かってきた。
「行くぜ!」
「斑目三席!!」
が何度言葉を掛けても一角の攻撃は止まらない。
敵を見る瞳で、戦いを楽しむ瞳で、のことを見ている。
は一角の強烈な突きを刀で受けた。
けれど、
「裂けろ!鬼灯丸!」
一角が詞を述べた途端、鬼灯丸は三つに分かれ、刃の部分がへと向かってくる。
は頭の中で避けきれないと瞬時に理解した。
が咄嗟にとった行動とは…。
ザッ
色鮮やかな血が、まるで花のように舞い、大地を紅く染めた。
「なん…だと…?」
「……なんで…」
一角も、虚も、驚きを隠せなかった。
が素手で刃を受け、しかもそのまま握り締めているのだから。
誰もが困惑している中で冷静なのはだけだった。
次には自分の刀ごと鬼灯丸を放り投げ、一角の目の前まで近寄った。
そして、
ゴッ
一角の頬を思いっきり殴った。
突然の出来事に身体が反応できず、一角は恋次が倒れているところまで飛ばされてしまった。
「縛道の一、塞」
間髪いれずには一角と恋次の身体を縛道で封じた。
それを確認すると、は虚のほうを向き一歩一歩近寄っていく。
その途中で落ちていた刀を拾う。の全ての動作が流れるように滑らかだった。
一方、虚は動かなかった。
縛道を掛けられているわけでもないのに、の瞳を見た瞬間からずっと体を動かすことができなくなった。
目の前までやってくると、は虚に微笑んでみせた。
「……正気じゃない」
は虚の言葉を聞いて『確かにそうだな』と納得してしまった。
避けられないからといって素手で刃を受けるなんて、攻撃されたからといって仮にも仲間を思いっきり殴るなんて、
正気の沙汰とは思えない。
それでも痛みも見せず無表情のままで作り物の笑顔を浮かべて、は刀を構え虚の体を突き刺した。
「狂気にもなるよ。君を倒せるのなら」
「………くそっ」
虚は崩れ落ち、その体は徐々に消えていく。
はそれを静かに眺めていた。
完全に消えてしまうその瞬間まで、ずっと。
は刀を鞘に納めると、一角たちのところへ向かった。
縛道を解いて、まずは一角の具合を見る。
傷は多いが軽いものばかりで命に別状はないとすぐに分かった。
次に恋次だ。
恋次の具合を見た途端、の顔は青白くなっていった。
血を大量に失くしたのか、恋次の顔は以上に青ざめていた。
『このままでは危ない』と、は直感した。
けれど、どうすればいいのか分からない。
今すぐ救護を呼んでも、瀞霊廷からここまで来るまでにかなりの時間がかかる。
それまで恋次の体力が保つ保障はどこにもない。
事態は一刻を争うのだが、には助ける術を知らない。
無力な自分が悔しくて、の目から涙が出てきてしまう。
すると、
『助けたいか?』
心の中で曼珠沙華の声が響いた。
は涙を拭いて曼珠沙華に答える。
「助けたい!」
『ならば、助けたいと強く願い我が名を呼べ』
ドクン
力強く脈打つ音が聞こえる。
熱い気持ちが全身に伝わっていく。
は『助けたい』と心から強く願い、叫んだ。
「咲き誇れ!曼珠沙華!」
その瞬間、の周囲は光で溢れた。
優しい光は傷付いた者を癒し、包み込んでいく。
「……ん」
「起きたか?恋次」
「……眩しい」
恋次の目覚めの一言を聞いた途端、一角の頭に青筋ができた。
怒りを吐き出すように、恋次の腹に蹴りをかました。
「なんだと!なめてんのか!コラ!!」
「ぐふぉ!」
一角の足はちょうど恋次の鳩尾に入ってしまったらしい。
恋次は腹を押さえながら、苦しそうに呻き声上げている。
それがあまりに辛そうなので、一角は恐る恐る声を掛けた。
「……おい、大丈夫か?」
「誰のせいだと思ってるんすか……」
少し落ち着いてきて、恋次はようやく自分がいる場所に気付いた。
ここは"戌吊"ではなく、"瀞霊廷"であることに。
「一角さん。俺は……一体?」
「……俺もよく分からん。気がついたらお前と十番隊の三席が倒れていて、仕方ねえから上級救護班を要請したんだ」
「さんは!?」
「心配すんな。そいつも無事だ。今は別の病室にいる」
「そうすか…。よかった……」
一角は、ばつが悪そうな顔をしたが、一瞬だけだったため恋次はそれに気付くことができなかった。
一角の言うとおり、は別の病室にいた。
ただし、まだ目を覚ましていないが…。
ベッドに寝たまま動かない。
そんなの隣には、十番隊隊長日番谷冬獅郎の姿があった。
の手を握る日番谷。
それはまるで自分の生気をに送ろうとしているようだった。
けれど、の手はとても冷たかった。
その姿はまるで人形のようで、まるで生きていないようで。
そんな考えが浮かんでしまうたびに日番谷は自分の頭を振り、の手を強く握り締めた。
「………」
一角から報告があったとき、日番谷の心は揺らいだ。
今すぐの元に駆けつけたいと思う気持ちを抑えていた。
そんな日番谷の心境を察してか、乱菊は「行ってください」と言った。「ここは私に任せてください」とも。
けれど、日番谷はそれを断り、仕事を続けた。
『隊長には隊を守るという責務がある。一人の隊士のためにそれを投げ出すことは許されない』
そう自分に言い聞かせ、拳を強く握り締め、堪えていた。
四番隊綜合救護詰所に向かった頃はすでに日付が変わっていた。
隊士からの容態を聞くと、「外傷はないのに、未だ目覚めない」と言われた。
日番谷は「そうか…」とだけ言い、の病室へとやってきたのだった。
必ず目を覚ますと信じ、早く目覚めて欲しい強く願いながら……。
真っ白な世界の中で、はふわふわ浮かんでいた。
早く目を覚まさなくちゃいけないって分かっているのに、それができない。
この場所がなんだか居心地がよくて、このままこうしているのもいいかもしれないと思ってしまう。
ちょうどそのとき。
「………」
声が聞こえた。
それが誰なのかすぐに分かった。
「帰らなくちゃ」
『あの人』のところへ。
そこが自分の居場所なのだから。
「………ん」
「?」
は瞼をゆっくり上げる。
まずは銀色が見えた。その次に綺麗な翡翠色が見えた。
どちらもが大好きな色だった。
ほっとした表情を浮かべる日番谷を見て、はやっと心からの笑顔を見せた。
「ただいま戻りました」
【その後の話】
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