任務(後編)




「斑目三席!どうして!?」
「お前は逃げるのが上手いらしいが、次はそうはいかねえぜ!」

の叫びに応えることなく、一角は刀と鞘を付けた。
そして、

「延びろ!鬼灯丸!」

一角は斬魄刀を解放する。
刀は槍へと姿を変え、一角の闘志は変わらぬまま、に向かってきた。

「行くぜ!」
「斑目三席!!」

が何度言葉を掛けても一角の攻撃は止まらない。
敵を見る瞳で、戦いを楽しむ瞳で、のことを見ている。
は一角の強烈な突きを刀で受けた。
けれど、

「裂けろ!鬼灯丸!」

一角が詞を述べた途端、鬼灯丸は三つに分かれ、刃の部分がへと向かってくる。
は頭の中で避けきれないと瞬時に理解した。
が咄嗟にとった行動とは…。


ザッ


色鮮やかな血が、まるで花のように舞い、大地を紅く染めた。

「なん…だと…?」
「……なんで…」

一角も、虚も、驚きを隠せなかった。
が素手で刃を受け、しかもそのまま握り締めているのだから。
誰もが困惑している中で冷静なのはだけだった。
次には自分の刀ごと鬼灯丸を放り投げ、一角の目の前まで近寄った。
そして、


ゴッ

一角の頬を思いっきり殴った。
突然の出来事に身体が反応できず、一角は恋次が倒れているところまで飛ばされてしまった。

「縛道の一、塞」

間髪いれずには一角と恋次の身体を縛道で封じた。
それを確認すると、は虚のほうを向き一歩一歩近寄っていく。
その途中で落ちていた刀を拾う。の全ての動作が流れるように滑らかだった。
一方、虚は動かなかった。
縛道を掛けられているわけでもないのに、の瞳を見た瞬間からずっと体を動かすことができなくなった。
目の前までやってくると、は虚に微笑んでみせた。

「……正気じゃない」

は虚の言葉を聞いて『確かにそうだな』と納得してしまった。
避けられないからといって素手で刃を受けるなんて、攻撃されたからといって仮にも仲間を思いっきり殴るなんて、
正気の沙汰とは思えない。
それでも痛みも見せず無表情のままで作り物の笑顔を浮かべて、は刀を構え虚の体を突き刺した。

「狂気にもなるよ。君を倒せるのなら」
「………くそっ」

虚は崩れ落ち、その体は徐々に消えていく。
はそれを静かに眺めていた。
完全に消えてしまうその瞬間まで、ずっと。


は刀を鞘に納めると、一角たちのところへ向かった。
縛道を解いて、まずは一角の具合を見る。
傷は多いが軽いものばかりで命に別状はないとすぐに分かった。
次に恋次だ。
恋次の具合を見た途端、の顔は青白くなっていった。
血を大量に失くしたのか、恋次の顔は以上に青ざめていた。
『このままでは危ない』と、は直感した。
けれど、どうすればいいのか分からない。
今すぐ救護を呼んでも、瀞霊廷からここまで来るまでにかなりの時間がかかる。
それまで恋次の体力が保つ保障はどこにもない。
事態は一刻を争うのだが、には助ける術を知らない。
無力な自分が悔しくて、の目から涙が出てきてしまう。
すると、


『助けたいか?』


心の中で曼珠沙華の声が響いた。
は涙を拭いて曼珠沙華に答える。

「助けたい!」
『ならば、助けたいと強く願い我が名を呼べ』


ドクン


力強く脈打つ音が聞こえる。
熱い気持ちが全身に伝わっていく。
は『助けたい』と心から強く願い、叫んだ。


「咲き誇れ!曼珠沙華!」


その瞬間、の周囲は光で溢れた。
優しい光は傷付いた者を癒し、包み込んでいく。



「……ん」
「起きたか?恋次」
「……眩しい」

恋次の目覚めの一言を聞いた途端、一角の頭に青筋ができた。
怒りを吐き出すように、恋次の腹に蹴りをかました。

「なんだと!なめてんのか!コラ!!」
「ぐふぉ!」

一角の足はちょうど恋次の鳩尾に入ってしまったらしい。
恋次は腹を押さえながら、苦しそうに呻き声上げている。
それがあまりに辛そうなので、一角は恐る恐る声を掛けた。

「……おい、大丈夫か?」
「誰のせいだと思ってるんすか……」

少し落ち着いてきて、恋次はようやく自分がいる場所に気付いた。
ここは"戌吊"ではなく、"瀞霊廷"であることに。

「一角さん。俺は……一体?」
「……俺もよく分からん。気がついたらお前と十番隊の三席が倒れていて、仕方ねえから上級救護班を要請したんだ」
さんは!?」
「心配すんな。そいつも無事だ。今は別の病室にいる」
「そうすか…。よかった……」

一角は、ばつが悪そうな顔をしたが、一瞬だけだったため恋次はそれに気付くことができなかった。


一角の言うとおり、は別の病室にいた。
ただし、まだ目を覚ましていないが…。
ベッドに寝たまま動かない
そんなの隣には、十番隊隊長日番谷冬獅郎の姿があった。
の手を握る日番谷。
それはまるで自分の生気をに送ろうとしているようだった。
けれど、の手はとても冷たかった。
その姿はまるで人形のようで、まるで生きていないようで。
そんな考えが浮かんでしまうたびに日番谷は自分の頭を振り、の手を強く握り締めた。

「………


一角から報告があったとき、日番谷の心は揺らいだ。
今すぐの元に駆けつけたいと思う気持ちを抑えていた。
そんな日番谷の心境を察してか、乱菊は「行ってください」と言った。「ここは私に任せてください」とも。
けれど、日番谷はそれを断り、仕事を続けた。

『隊長には隊を守るという責務がある。一人の隊士のためにそれを投げ出すことは許されない』

そう自分に言い聞かせ、拳を強く握り締め、堪えていた。
四番隊綜合救護詰所に向かった頃はすでに日付が変わっていた。
隊士からの容態を聞くと、「外傷はないのに、未だ目覚めない」と言われた。
日番谷は「そうか…」とだけ言い、の病室へとやってきたのだった。
必ず目を覚ますと信じ、早く目覚めて欲しい強く願いながら……。


真っ白な世界の中で、はふわふわ浮かんでいた。
早く目を覚まさなくちゃいけないって分かっているのに、それができない。
この場所がなんだか居心地がよくて、このままこうしているのもいいかもしれないと思ってしまう。
ちょうどそのとき。

「………

声が聞こえた。
それが誰なのかすぐに分かった。

「帰らなくちゃ」

『あの人』のところへ。
そこが自分の居場所なのだから。


「………ん」
?」

は瞼をゆっくり上げる。
まずは銀色が見えた。その次に綺麗な翡翠色が見えた。
どちらもが大好きな色だった。
ほっとした表情を浮かべる日番谷を見て、はやっと心からの笑顔を見せた。

「ただいま戻りました」



【その後の話】









 (08.07.16)

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