いつ誰が流したかは分からないが、護廷十三隊で『ある噂』が流れている。
『十番隊三席は昼行灯』と。
それを聞くたびに腹を立ている者が一人いた。彼女の上司である十番隊隊長日番谷冬獅郎だ。
その日も日番谷は怒りを冷気に変えていた。十番隊隊舎執務室は冷凍庫と化している。
乱菊は、日番谷の気持ちが分かるからこそ、何も言わずにずっと我慢してきた。だが、もう限界だった。
「隊長、霊圧下げてください」
「…悪い」
「悪いと思ってるなら霊圧上げないでくださいよ。まるで冷凍庫の中にいるみたいです」
「……悪い」
噂になっている本人はここにはいない。
今、は任務で現世に行っている。
はじめ日番谷は反対した。そんな噂が流れている中でを任務に出したくなかった。
けれど、がそれを拒んだ。
「私は大丈夫です」
そう言って微笑む。日番谷は反対することができなかった。
出発する際に「無事に帰ってこい」と言うことしかできなかった。
のことを考えないようにしていたが、それも難しくなってきた。
さっきから時間ばかり気にしている。
「遅いですね」
「…………」
今回の任務は新人隊士の実戦経験を積むためのもの。
比較的簡単な任務だが、上位席官を数名一緒についていく決まりになっている。今回は引率者としてを行かせた。
それなのに未だ戻ってこない。
日番谷の脳裏に最悪の事態が浮かび、離れようとしない。
そのときだった。
ひらり
地獄蝶がやってきた。乱菊の手に止まり、伝令を伝える。
「隊長!任務にあたっていた十番隊隊士が四番隊に運ばれたそうです!」
日番谷は立ち上がり、四番隊・綜合救護詰所へと向かう。乱菊も日番谷の後に続いた。
四番隊に着くと、十番隊隊士が治療を受けていた。みんな傷は軽く、日番谷は少し安心した。
すると、
パーン!
高い音が部屋の中で響いた。そこにいた全員の視線が集中する。
その先には、新人隊士と、がいた。
さっきのはが隊士を叩いた音だった。が、いつも笑っているが、怒りをあらわにしている。
「殴られた理由は分かっているわね?貴女の不注意が今回の事態を招いたのよ」
は厳しい目で見つめている。相手は頬を押さえて下を向いていた。
「私たちの仕事は常に死と隣り合わせなの。気の緩みで最悪の事態になるの。そのことは絶対に忘れないで」
そう言うと、は一歩近寄る。そして、強張っている彼女の身体をやさしく抱きしめた。
の瞳には涙が浮かんでいる。
「……良かった。貴女が生きていて、本当に良かった…」
彼女はの胸で泣いた。小さく「ごめんなさい」と聞こえた。
日番谷は何も言わずにを見ていた。
場合によっては何か言わなければと思っていたが、その必要は無かったようだ。
『これでもう大丈夫だ』
そう確信して日番谷は十番隊隊舎へと戻った。
を三席にしたのは正しかった。
は十番隊にとって、なくてはならない存在だ。
日番谷は自信を持ってそう言える。
が十番隊の隊士であることを誇りに思った。
それから『あの噂』を聞くことはなくなった。
『十番隊三席は昼行灯』という者は誰もいない。
今日もは最高の笑顔で日番谷や乱菊をはじめとする、十番隊隊士を癒している。