昼行灯(ヒロイン視点)




噂が気にならないといえば嘘になる。
人の視線を気にしないといえば嘘になる。
それでも、私は信じていた。私の居場所はここだって。



「今回の任務の責任者を任じられました、三席のです。よろしくお願いします」

そう言って、は頭を下げた。
すると、


クスクス


の耳に笑い声が響いた。
が顔を上げると声はしなかったが、隊士たちの人を嘲笑う表情は変わっていなかった。
は、それを見て、心の中でため息をついた。

今、護廷十三隊では『ある噂』が流れている。


『十番隊三席は昼行灯』


新人隊士にも流れていることがよく分かった。

だが、は気にしていなかった。
人から聞いた噂の一つ一つを書き残しているくらいだ。
何故なら、他人の噂はに自身の悪いところや直すべき部分を伝えていると思っているからだ。

『それらを直せば、私はもっと良くなる』

そうは考えている。
だから、日番谷に言ったのだ。「私は大丈夫です」と。


「大丈夫じゃねえだろ。他のやつがどんな風に見てんのか、お前にも分かるだろ」
「はい。でも、私は行きたいんです」
「なんでだ?」
「もっと己自身を良くするために。私は、他人は自分自身を映す鏡だと思います。だからお願いします。行かせてください」
「……分かった。十番隊三席。お前に今回の任務の引率者を任ずる」
「謹んでお受けいたします」
「無事に戻って来い。
「はい!行ってきます!」


日番谷との約束を胸に抱いて、は隊士たちに言う。

「これから現世へ向かいますが、決して気を抜かないように。そして、誰一人欠けることなく、無事に戻ってきましょう」

そう言うと、は穿界門の前に立つ。
そのとき、に笑みはなかった。十番隊三席として与えられた任務を遂行するだけを考えていた。

「開錠」

穿界門が開かれ、をはじめとする十数人の隊士は現世へと向かい、一歩踏み出した。



現世に着いたたちは、順調に任務をこなしていた。
魂葬から虚退治まで、特に問題なく任務を遂行し、夕方を迎えるころには全て終わった。
尸魂界へ戻るために隊士たちを集めようとした瞬間、


「ヴギギギギィ!」


一体の虚があらわれた。
サルのような姿の虚で、見る限り仲間はいないようだが、油断は禁物だ。
は斬魄刀を構えながら、これからどうするか考えていた。
だが、


「はぁ!」


隊士の一人が、の指示を待たずに、虚に斬りかかった。
彼女の刀が虚の体を両断する。
やったと誰もが思った。彼女自身もそう思っただろう。
けれど。


「ヴギギギギギギィ!」


虚の体が、斬られたはずなのに、動き出した。
しかも、二つに分裂している。

「うわぁ!」

それを見た隊士たちは動揺し、混乱してしまった。
虚に斬りかかるが、虚はさらに分裂する。

「斬れば斬るほど数が増える虚なんて!」

は歯を硬く食いしばる。
ぎりっと音がして、口の中に鉄の味が広がった。


「きゃああ!!」


の目の前で隊士たちが傷付いていく。


どくん


は脈打つのを感じた。
柄を強く握り締め、霊力をこめて、それを一気に解き放つ。


「咲き乱れ。曼珠沙華」


の斬魄刀・曼珠沙華が解放された。
柄、鍔、刃、全てが紅く染まる。
が曼珠沙華を一振りすると、虚の体に花が咲いた。
それはどんどん増えていき、虚は花で埋め尽くされていく。
そして、


ドーン!


全ての花が同時に爆発し、虚は跡形もなく、消えた。
これが曼珠沙華の能力だった。
次々に虚を爆発させ、滅却していく
分裂を繰り返し、増殖していた虚の数が見る見るうちに減っていく。
最後の一匹は逃げようとしたが、逃がすわけがなかった。
一人によって全ての虚が滅却されていく様を隊士たちは静かに見ていた。
全ての虚が消えるのを確認すると、はすぐに通信機で尸魂界に連絡を取る。

「こちらは十番隊三席です。虚の襲撃に遭い、負傷者多数。救護班を至急お願いします」

救護班を待っている間も、傷付いた隊士たちの応急処置をするなどして、休むことがない
そんなを見ながら、隊士たちは自分の行動や言動を心から悔いていた。



救護班がやってきて、隊士たちは四番隊へと運ばれた。
皆、怪我は軽く、無事だった。
そのとき、


パーン!


高く、冷たい音が響く。
この場にいた全ての隊士に注目されるが、は気にならなかった。
そんなことよりも、やらなければならないことがある。
真剣に、新人隊士のことを見つめて、はゆっくりと口を開いた。

「殴られた理由は分かっているわね?貴女の不注意が今回の事態を招いたのよ」

彼女、指示を待たずに虚へと斬りかかった新人隊士は、頬を押さえて下を向いている。
は、その姿を見て胸が痛むが、それでも続けて言う。

「私たちの仕事は常に死と隣り合わせなの。気の緩みで最悪の事態になるの。そのことは絶対に忘れないで」

そう言うと、は彼女に一歩近寄る。
そして、身体を強張らせる彼女を優しく抱きしめた。

「……良かった。貴女が生きていて、本当に良かった…」

今までずっと堪えていたのだろう。彼女はの胸で泣いた。
「ごめんなさい」と小さな声が聞こえて、はぎゅっと抱きしめた。彼女も、彼女の気持ちも、全て包み込むように。



それから『あの噂』を聞くことはなくなった。
『十番隊三席は昼行灯』という者は誰もいない。
今日もは最高の笑顔で日番谷や乱菊をはじめとする、十番隊隊士を癒している。










『昼行灯』ヒロインさんサイドです。
『他人は自分自身を映す鏡』というのは、私の自論です。
自分がどういう態度をとるかによって、他人の態度も変わると思います。
まぁ、私はヒロインさんのように他人の悪意に対して前向きに考えられませんが…。
今回のヒロインさんは私の理想です。 (08.03.22)

[閉じる]