選択




大切なこと、大切なもの、大切な人。
大好きなこと、大好きなもの、大好きな人。
どれか一つを選ばなければならない瞬間ときが必ずやって来る。
そのとき、あなたはどうするのだろう?



朽木ルキアの処刑、旅禍の侵入、五番隊隊長藍染惣右介の死亡。
様々な出来事が積み重なり、瀞霊廷は大混乱になった。
そんな中で唯一、十番隊だけはいつもと変わりなかった。
違うところといえば、書類の量くらいだろう。
執務室には大量の書類があり、それらを処理する隊士たち。
その中には十番隊隊長日番谷冬獅郎と十番隊三席も含まれる。
ソファには十番隊副隊長松本乱菊がいるが、今は静かに眠っている。
五番隊隊舎から執務室に戻ってきた途端、ソファに倒れこみそのまま眠ってしまったのだ。
日番谷もも何も言わなかった。
疲れているのは目に見えて分かっているから。
同期の市丸と後輩の雛森が目の前であんなもめ方をしたのだから、相当つらかっただろう。

「…………」

は筆を置き、手を休めた。
自分の机に高く積まれていた書類は全て処理済となり、ようやく一息つくことができた。
の視線が横へと移動すると、日番谷は未だ書類に目を通していた。
そんな日番谷を見て、は小さくため息をつき、席を立った。
静かに日番谷のほうへと近寄り、初めて声を掛けた。

「隊長、休んでください。残りは私がやりますから」

けれど、日番谷が手を休めることはなかった。
日番谷はのほうを見ようともせず、書類を見つめながら答えた。

「お前が休め。自分の仕事は終わったんだろ」
「嫌です。隊長が仕事すると言うのなら私も仕事します」
「…………」

日番谷は顔を上げてようやくを見た。
は日番谷とまっすぐ向き合い、もう一度言う。

「休んでください」

とても静かで少し重い空気が漂う中、翡翠と漆黒の瞳、二つの色が見つめ合う。
沈黙は長くは続かなかった。

「………分かった。俺も休むからお前も休め」

の真剣な眼差しに負け、日番谷のほうが折れた。
持っていた筆を置き、身体を伸ばす日番谷。
それを見たは、ようやく安心することができた。


五番隊の仕事を引き継いできた日番谷はただひたすら仕事をしていた。
その姿は何かを拒んでいるようにしか見えなかった。
それが何なのかには分からないが、そんな日番谷を見ていると胸が痛くなるのは分かった。


「なぁに?」
「こっちに来い」

突然日番谷にそう言われ、は戸惑いを隠せなかったが、日番谷の元へと近寄る。
目の前までやってきたら、


ぎゅっ。


日番谷の腕の中にいた。
最初、はわけが分からなかったが、すぐに抱きしめられたことに気付いた。

「……冬獅郎?」
「悪い。少し、このままでいさせてくれ」

心臓の音が聞こえる。鼓動が伝わってくる。
自分のものか、相手のものか、それとも両方か。
も、日番谷も、分からなかった。
日番谷は小さくため息をついた。
はそれを聞き逃さなかった。
日番谷が小さくため息をつくときは、何か悩んでいるときだから。
は、何か言わなければと思い、そっと目を閉じる。
脳裏には藍染と雛森が浮かんだ。


日番谷は藍染のことを尊敬していた。
常に笑みを絶やさない穏やかな性格から皆に慕われている藍染が羨ましいと。自分もそんな風になりたいと。
以前、日番谷はにそう話してくれた。
尊敬していた藍染が亡くなって――誰かに殺されて――日番谷も相当ショックを受けているだろう。
それに、雛森のこともある。
藍染のことを憧れて護廷十三隊に入った。
藍染の役に立ちたいと思い、そのために努力を惜しまなかった。
雛森は己の全てを藍染に捧げていた。


『藍染隊長のことを考えているのかな?それとも桃ちゃんのこと?』


そんな考えがの頭に浮かび、考えることをやめた。
悲しくなるから。心がぎゅーって締め付けられてしまうから。

『そんなことよりも、自分にはにはすべきことがある』

はそう自分自身に言い聞かせる。
日番谷の胸の中で、は言う。


「冬獅郎、お願いしてもいい?」
「何だ?」
「桃ちゃんを守ってあげて」
「…………」
「桃ちゃんはとても強いけど、心は弱い。きっと支えを失くして自分を見失ってしまう。だから、お願い。桃ちゃんのことを守って」
「……分かった」



私の願いはひとつ。
冬獅郎に後悔して欲しくない。
もしも迷っているのなら、その背中を押してあげる。
冬獅郎のことが大好きだから。冬獅郎には笑って欲しいから。



選択(日番谷視点)







 (09.01.07)

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