選択(日番谷視点)




大切なこと、大切なもの、大切な人。
大好きなこと、大好きなもの、大好きな人。
どれか一つを選ばなければならない瞬間ときが必ずやって来る。
そのとき、あなたはどうするのだろう?



朽木ルキアの処刑、旅禍の侵入、五番隊隊長藍染惣右介の死亡。未曾有の大混乱となった瀞霊廷。
日番谷はいつもどおりの行動をしていた。
執務室にある大量の書類を黙々と処理していた。
『落ち着け』と自分自身に言い聞かせながら、ひたすら目の前にある仕事に集中していた。
すると、

「隊長、休んでください。残りは私がやりますから」

一緒に仕事をしていたが日番谷に声をかけてきた。
けれど、日番谷が手を止めない。
止めても心も体も休まらないと分かっているから。
止めてしまったらいろんなことを考えてしまうから。
休めるはずがなかった。
日番谷は書類を見つめたまま言う。

「お前が休め。自分の仕事は終わったんだろ」
「嫌です。隊長が仕事すると言うのなら私も仕事します」
「…………」

ようやく日番谷は手を止めて、顔を上げた。
すぐ目の前には月花がいた。
月花は日番谷のことをまっすぐ見つめて、もう一度言う。

「休んでください」

日番谷と。二つの視線が交ざり合う。
沈黙は長くは続かなかった。

「………分かった。俺も休むからお前も休め」

負けたのは日番谷だった。
のとても真剣な瞳に心が折れてしまった。



「なぁに?」
「こっちに来い」

日番谷に言われた通り、そばにやってくる
目の前までやってきたを、


ぎゅっ。


日番谷は抱きしめた。
を自分の腕の中に収めて、ゆっくりと深呼吸する日番谷。
ようやく安心することができた。

「隊長?」
「悪い。少し、このままでいさせてくれ」

聞こえてくる心臓の音。伝わる鼓動。
自分のものか、相手のものか、それとも両方か。
日番谷は分からなかった。
おそらくも分かっていないだろうと思った。
日番谷の口から小さなため息が出てきた。
目を閉じて、暗闇の中で、考えていた。
脳裏に浮かんだのは雛森とだった。


雛森にとって藍染は全てだった。
藍染に憧れて護廷十三隊に入り、藍染の役に立ちたいと死に物狂いで副隊長になった。
その藍染が殺されて、雛森は相当ショックを受けている。
雛森を守りたい。
雛森を傷付ける奴は許さない。
雛森は大切な家族で、幼馴染だから。
けれど、のそばを離れるわけにはいかない。
日番谷にとってはかけがえのない存在だから。
「好きだ」と言ってくれた。
「ずっとそばにいる」と言った。
こんな状況の中でを一人にしたくはなかった。
かといって、戦いの場にを連れて行きたくもない。


『どっちも俺にとって大事なんだよ…』


雛森と。二人を天秤にかけている自分が嫌だった。
どちらも大切だから守りたい。
けれど、両方守ると言えるほど、日番谷は強くない。
だからこんなにも悩んでいる。
未だ答えを出せずにいる日番谷。
そんな日番谷の背中を押すのはだった。


「桃ちゃんを守ってあげて」
「…………」
「桃ちゃんはとても強いけど、心は弱い。きっと支えを失くして自分を見失ってしまう。だから、お願い。桃ちゃんのことを守って」
「……分かった」



俺は答えを出した。

『それがお前の願いなら、俺は叶えてやる』

月花のことが大事だから。月花には笑って欲しいから。
たとえこのときの選択を後悔することになったとしても……。










 (09.01.07)

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