全ては日番谷の一言から始まった。
「女がもらって嬉しい物はなんだ?」
「…はい?」
突然の質問。
日番谷が何を言ったのか、自分が何を聞いたのか、はちゃんと分かっていた。
けれど、それでも質問を聞き返してしまったのは分からなかったのだろう。
もしくは分かりたくなかったのかもしれない。
「女がもらって嬉しい物はなんだ?」
日番谷はにもう一度同じ質問をする。
宝石のように美しい翡翠色の瞳はとても真剣だった。
そんな瞳を見て、の心は痛んだ。
は泣き出してしまいそうになる自分を必死に諌めながら笑って答えた。
「私よりも松本副隊長に聞いたほうが参考になると思いますよ」
「…それじゃ意味ねえんだよ」
「えっ?」
「俺はお前に聞いてんだ。さっさと答えろ」
は気付かなかった。
日番谷の小さな声にも、僅かに赤くなった頬も、何一つ気付くことができなかった。
「…身に着ける物はどうでしょう?簪とか」
「簪か…」
「贈り物をするのに一番大切なのは気持ちです。私は、隊長から何かをいただけるのならどんな物でも嬉しいです」
「…そうか。ありがとう」
翌日、は非番だった。
久しぶりの休みを買い物をして過ごしていた。
以前から新しい簪が欲しいと思っていたことを思い出し、はお気に入りの店へと足を運ぶ。
すると、
「…嘘」
店内に日番谷の姿を見つけた。
純白の羽織を着ておらず死覇装だけだったが、綺麗な銀髪は間違いなく日番谷だった。
日番谷は一人ではなかった。彼の隣に誰かがいる。
それは…。
「これはどう?日番谷君」
五番隊副隊長であり、日番谷の幼なじみである、雛森桃だった。
と日番谷たちの距離は離れているので、二人の会話を聞くことはできない。
だが、会話している二人の様子はとても仲が良く、まるで恋人同士のようだった。
「………っ!」
の心に何かが突き刺さっていく。
その痛みに耐えられなくて、はその場から逃げ出した。
流れる涙を止める術を知らないは、ただただ走り続けていた。
ザー
突然、降り出す雨。
まるでの心を現すように。
涙は消してくれるけれど、心の痛みは消えてくれない。
辛い。苦しい。悲しい。
いろんな感情が溢れてわけが分からなくなる。
刹那。
冷たい雨が止む。
振り返ると涙で滲んだ視界の中で優しい笑顔が見えた。
「松本…副隊長…」
「あーあ。こんなに濡れちゃって。風邪ひくわよ?」
雨と涙でぐちゃぐちゃのを見ても、乱菊は相変わらず笑顔のままだった。
そんな乱菊を見つめては声を上げて泣いた。
熱い涙がの頬を伝い落ちていく。
を自室へと連れてきた乱菊。
まずはをお風呂に入れた。
暖かい湯と温かい気持ちはの体と心にしみていく。
お風呂から上がると、はほんの少し楽になっていた。
そして自分が見たことを乱菊に話した。
「そう。隊長と雛森が…」
「これからどうしたらいいのか未だよく分かりません。でも、少し大丈夫になりました」
笑えるようになった。だからきっと大丈夫。
「そう。何かあったら私に言いなさい」
「ありがとうございます」
朝、はいつもと変わりなく出勤した。
「おはようございます」
「おう」
は驚いた表情を浮かべた。
返事が返ってくるとは思わなかったから。
「…日番谷隊長」
「なんだよ」
「いえ。今日はいつもより早いんですね」
「今日は特別な日だからな」
「特別…ですか?」
「誕生日おめでとう」
そう言うと、日番谷はの前に一つの包みを差し出した。
それを受け取り、がゆっくりと開いてみると、中に入っていたのは簪だった。
黒塗りの軸に緑と銀色の硝子玉を数個あしらったもの。
それは、まるで…。
「日番谷隊長みたいですね」
「はぁ?何がだよ?」
「この簪。日番谷隊長みたいです」
「……………」
にそう言われて、日番谷は初めて気付いたようだ。
次第に赤く染まっていく日番谷を見て、はとても嬉しそうに笑った。
は、髪を一つにまとめて、簪を挿した。
「どうですか?」
「ああ。よく似合ってる」
「ありがとうございます。嬉しいです。すごく」