変哲ない黒くて長い髪はいつ見てもサラサラしてて、いつ見ても綺麗だった。
いつも触りたいと思っていた。
結局、その願いは叶わないのだが…。
「の髪って綺麗よねー」
突然、乱菊がそう言ってきた。
業務時間中にも関わらず、書類に目を通す素振りさえしていない乱菊。
その視線の先には十番隊三席がいる。
一方、は書類から目を離さずに答えた。
「ありがとうございます」
「褒めてるのよ?もっと嬉しそうにできないの?」
「褒めても何も出ませんし。それよりも真面目に仕事していただけるほうが嬉しいです」
「今は休憩中なの」
「今は仕事中です」
乱菊に厳しく言い放ち、は自分の席を立った。
そして、黙々と仕事をしている日番谷の前までやってきた。
「隊長、この書類に印をお願いします」
「ああ」
日番谷は初めて声を出し、スッと顔を上げた。
日番谷の表情は暗く、疲れが溜まっていることが分かった。
それを見たは、眉間に皺を寄せながら日番谷に言った。
「隊長、少しお休みになってください。残りの仕事は私と松本副隊長とでやりますから」
「いや、大丈夫だ」
「お言葉ですが、大丈夫に見えません。お願いです。少しでもいいので休んでください」
「……分かった。悪いが、そうさせてもらう」
「ありがとうございます」
日番谷は立ち上がり、隣にある仮眠室へと向かった。
倒れるように床に就くと、そのまま眠ってしまった。
「はなんで髪を伸ばしてるの?」
「髪は長いほうがくくれて楽なんですよ」
「えぇ〜。本当にそれだけ?」
「それだけですよ?」
「つまんなーい!」
「つまらなくて結構です」
「そんなに綺麗な髪なのに。もったいないわよ」
「少し切ろうかなって思ってるんですけど」
「ダメよ!そんなこと私が許さないんだから!」
「…私の髪なんですけど?」
「ダメったらダメ!」
「………あ?」
目が覚めると、見慣れない天井が日番谷の視界に広がっていた。
ゆっくりと身体を起こそうとしたとき、毛布が日番谷の手に触れた。
それは眠るときにはなかったものだった。
起きたばかりで頭の回転が鈍くなっているが、すぐに誰かが掛けたのだと分かった。
「……夢、か」
日番谷は夢を見た。
夢といっても、過去にあったことをそのまま見ただけなのだが。
その中で日番谷はいつものように仕事をしていて、すぐそばにはと乱菊が楽しそうに話をしていた。
とても幸せな、とても大切な、記憶だった。
「…………」
ようやく頭が廻ってきたようだ。
日番谷の頭にある疑問が浮かんできた。
「……俺、どれくらい寝てたんだ?」
眠るときはまだ明るかったはずなのに、周りはすっかり暗くなっていた。
『ある程度時間が経ったら起こせ』と言っているはずなのに、と日番谷は心の中で思う。
小さくため息をつくと身体を伸ばしながら立ち上がり、隣の部屋に入った。
誰かいるだろうと思い、執務室の扉を開ける。
すると、
「……あ、隊長。ゆっくり休みましたか?」
そこにはがいた。
はいつもと変わりなくやわらかい笑みを見せているのだが、日番谷はいつものように返事を返すことができなかった。
その理由は…。
「……お前、その髪はどうした?」
日番谷が驚くのも無理はない。
高く結わうことができるほど長かったの髪が、今は肩にかかる位にまで短くなっているのだから。
驚きを隠せずにいる日番谷に対し、は苦笑いを浮かべながら言った。
「実はですね。任務中、虚に捕まってしまいまして…」
「そうか…」
「まぁ、いつかは切ろうと思っていたので、ちょうど良かったです」
「…………」
日番谷はの髪をじぃっと見つめている。
本当に残念だと心から思った。
当の本人は気にしていない様子なのに、未練がましいと思うが仕方がない。
乱菊と同じように、日番谷もの髪がお気に入りだったのだから。
「お前、これからどうするんだ?」
「どうするとは?」
「髪。また伸ばすのか?」
できれば伸ばして欲しいと思うのだが、それを言う勇気は今の日番谷にはなかった。
腕を組みながら真剣に考えるだったが、すぐにニコッと笑みを浮かべながら、日番谷の問いに答えた。
「伸ばしますよ。私、前のほうが好きですから」
「そうか」
の答えを聞いて、日番谷は満足そうに笑った。
久しぶりに見た日番谷の笑顔を見て、ますます嬉しそうに笑うだった。