変哲ない黒くて長い髪はいつ見てもサラサラしてて、いつ見ても綺麗だった。
いつも触りたいと思っていた。
その願いは一応叶ったけれど…。
「の髪って綺麗よねー」
そう言いながら羨ましそうに見つめている乱菊。
その視線の先には、十番隊第三席。がいる。
それに対して、は書類から目を離さなかった。
テキトーに相槌に打ちながら黙々と仕事を続けている。
そんなの態度に不満なのか、乱菊はジタバタと足を動かして言う。
「褒めてるのよ?もっと嬉しそうにできないの?」
「褒めても何も出ませんし。それよりも真面目に仕事していただけるほうが嬉しいです」
「今は休憩中なのー」
「今は仕事中です」
に厳しいことを言われ、乱菊はジタバタするのをやめた。
そして、ソファーにごろんと横になる。
日番谷と同じくらい、もしかしたらそれ以上に「仕事しろ」とは乱菊に言う。
そのたびに耳が痛くなるのだが、素直に仕事をする気にはなれなかった。
そんな上司を見て、はため息をつくと、席を立った。
『怒られる!』と思い、びくっと体を震わせる乱菊。だが、恐れていた事態は起こらなかった。
は怒ることなくどこかへ行ってしまった。が向かった先は、給湯室。
まもなく戻ってきたの手には自分と乱菊、二人分のお茶とおやつがある。
それらをテーブルの上に置くと、は乱菊と反対側のソファに座った。
「熱いうちにどうぞ」
「ありがとー!ちなみに今日のおやつは何?」
「今日は干し柿にしてみました」
「干し柿好き!!大好き!」
「休憩したらお仕事してくださいね?」
乱菊は干し柿を一つ手に取り口へと運ぶ。
一口食べただけで干し柿の甘い味が口の中に広がる。昔も今も変わらない。大好きな味だ。
「、たしか今日はこれから任務よね?」
「はい。現世に行ってきます」
「お土産、楽しみにしてるわね!」
「私、遊びに行くわけじゃないんですけど?」
「もー。真面目すぎると人生損よ!」
「そんなことより、隊長のことよろしくお願いしますね。かなり疲れてるみたいなので」
「りょーかい!」
「あと、ちゃんと仕事してくださいね」
「はいはい。気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言って、執務室を後にする乱菊。乱菊は干し柿を頬張りながら、小さくなっていくその背中を見つめていた。
歩くたびに揺れる、の長い髪。それは、乱菊のお気に入りだった。
だからこそ、
「、もっとおしゃれすればいいのに…」
心からそう思った。それは、今回が初めてではない。今まで何度も思ってきた。
死覇装を自分流に手を加えることもしない。長くて綺麗な髪も、ただ簡単に高く結っただけ。
以前「おしゃれしないの?」と聞いたことがあるが、返ってきたのは「面倒くさい」の一言だった。
けれど、その答えに対して納得できないことが一つだけあった。
「はなんで髪を伸ばしてるの?」
髪が長いと手入れが大変だし、それを怠ると髪はすぐに痛んでしまうし、はっきり言って長いほうが面倒くさいと思う。
それなのに、おしゃれしない理由で『面倒くさいから』と言われても、しっくりいかないのだ。
「髪は長いほうがくくれて楽なんですよ」
「えぇ〜。本当にそれだけ?」
「それだけですよ?」
は笑っていたけれど、何かを隠しているように見えた。
それが何なのか分からないし、それ以上聞くことはできなかったが。
その日、夕日が沈んでもは戻ってこなかった。いつもならどんなに遅くても夕方には戻ってくるのに。
時間ばかり気になって、何度も時計ばかり見てしまう乱菊。
悪いほうに向かってしまう思考を頭を力いっぱい横に振るが、拭い去ることはできなかった。
「……隊長、起こそうかしら」
広い部屋に一人でいると、どうしても気分が暗くなってしまう。
静か過ぎる空間は心を弱くさせるから。必ず帰ってくると信じることもできなくなるくらい。
仮眠室にいる日番谷を起こそうと思い、乱菊が席を立とうとした、ちょうどそのとき。
「ただいま戻りました」
執務室に響いた、声。
ずっと待ち望んでいた、の声。
「おか……」
『おかえり』と言おうとしたのに、できなかった。
目に飛び込んできたものが衝撃過ぎて、言葉が上手く出てこなかった。
「……、その髪…」
の髪。背中の真ん中くらいまであった、とても綺麗な髪。
それがバサバサになってしまって、見るも無残な姿になっている。
は苦笑いを浮かべながら、乱菊の質問に答えた。
「任務中、虚に捕まってしまって…」
「……そう」
「それしか方法がなかったんです」
「……そう…ね」
鋭い爪で髪を掴まれて、それ以上に鋭い牙がすぐ間近まで迫っていた。
生き残るためには、仲間の下に戻るためには、髪を切るしかなかった。
そうしなければ、虚に喰われていただろう。そうしたからこそ、今、はここにいる。
『命あっての物種って、こういうことを言うのね』
そう自分自身に言い聞かせながら、乱菊はゆっくりと息を吐き出した。
ほとんどため息に近かったが、それをしたおかげでだいぶ落ち着くことができた。
だからこそ、乱菊は小さく笑みを浮かべて、に言う。
「髪、整えてあげるわ」
「ありがとうございます」
そう言うと、は深々と頭を下げた。
そんなを見るや否や、ポンッと叩くようにその頭に自分の手を置いた。
短くなってしまったけれど、バサバサになってしまったけれど、前と同じ手触りだった。
の髪を整えながら、だいぶ気持ちが落ち着いてきた頃。
日番谷のことが脳裏に浮かんだ。
「隊長、これ見たらショック受けるわね」
「えっ?」
「気付いてなかったの?隊長、あんたの髪すっごく気に入っていたのよ」
「……そうなんですか」
「だから、また髪伸ばしなさい。絶対よ!」
終