いつか(後編)




「まずは自己紹介しましょうか。私はです。よろしくお願いします」
「僕は山田花太郎です。こちらこそ、よろしくお願いします」

店に着き注文を終えると、二人はようやく互いに自己紹介をした。
だが、会話には結びつかなかった。
花太郎は自分の自己紹介が終わると、下を向いたまま黙っていた。
たまに顔を上げてのことを見ると、は相変わらず笑っている。
そんなの笑顔は、花太郎が聞いてくるのを待っているようだった。
花太郎もそう思い、意を決して、ずっと考えていたことを尋ねた。

「あの…。どうして僕を助けてくれたんですか?」

日番谷に「何の用だ?」と聞かれたとき、花太郎は何も答えられなかった。
普通なら怪しむが、はそうしなかった。
困っていた花太郎を、初めて会ったのに「友人だ」と言って、助けてくれた。
花太郎はその理由を知りたかった。
は、花太郎に優しく微笑み、答える。

「貴方がルキアの友人だからです」
「……えっ?」
「友人の友人が困っていたら、助けるのは当たり前でしょう?」
「どうして…」


どうして今、ルキアの名前が出てくる?
もしかしてルキアに頼まれて様子を見に来たことを知っている?


の突然の言葉に、花太郎はわけが分からず、混乱してしまった。
たくさんの疑問符が花太郎の頭の中を飛び交っている。
は微笑んだまま、さらに言う。

「そう思った理由は二つ。一つは、今、ルキアが六番隊舎牢に頻繁に出入りしている隊士がいるという噂を耳にしたからです。初めて山田さんに会ったとき、『この人がルキアに会いに行っている人だ』と思いました」
「でも!……どうして友達だと?」
「罪人、しかも四大貴族である朽木家の者に頻繁に会いに行くなんてこと、特別な関係でない限り無理でしょう?」
「……………」
「そして、もう一つの理由は、貴方からルキアの霊圧を感じるからです」
「えっ!?」

の答えを聞き、花太郎は思わず大声を上げてしまうほど、驚いた。 たしかに花太郎はほぼ毎日、ルキアに会いに行っている。
護廷十三隊の誰よりもルキアのそばにいるといえるだろう。
だからといって、花太郎からルキアの霊圧を感じるなんて、信じられなかった。

『そんなの、できるわけない』

そう花太郎は思い、怪しいとも思ったが、やめた。
は笑っていたが、瞳はとても寂しそうだったから。
そんなの表情を見て、花太郎はどこかで見たことがあるような気がした。
いつ・どこで見たのか、すぐに分かった。

『同じだ。僕に「様子を見に行って欲しい」って言ったときのルキアさんと同じ顔をしてる』

花太郎は分かった。
ルキアとは友達なのだと。互いのことを大切に思っているのだと。

『それなのに、どうして二人はすれ違っているんだろう?二人の間にいったい何があったんだろう?』

そう思わずにはいられない。
だが、問題はそこではない。花太郎が気にしていることはそういうことではない。
そして、


「あの…」


花太郎はに話しかけた。
『何だろう?』と首をかしげながら、は花太郎を見る。
まっすぐな目で見られて、花太郎は心臓をドキドキさせながら言うかどうか悩んだが、に言うことを決めた。

「ルキアさんは元気です。現世の食べ物や飲み物のこと、楽しかったこと、苦労したこと、いろんなことを僕に話してくれます」

花太郎は思った。『二人に笑って欲しい』と。ルキアも、も。どちらも心から笑って欲しい、と。

「そうですか……よかった」

花太郎の話を聞いて、は目を閉じた。
安心したのか、ゆっくりと息を吐き出して、小さく微笑んだ。
目を開けると、は花太郎に笑った。

「今日は本当にありがとうございます。貴方に会えて嬉しいです」

それは、今日花太郎が見た中で、一番の笑顔だった。
一方、花太郎も嬉しかった。『貴方に会えて嬉しい』と言われたのは初めてだったから。
花太郎もと一緒に笑っていた。



それから二人の会話は尽きなかった。
仲良く餡蜜を食べながら、いろんなことを話した。
は事務仕事のことや上司との付き合い方を、花太郎は四番隊の仕事や治癒能力の仕方についてを、それぞれ話をして、聞いていた。
時間はあっという間に過ぎていく。それだけ楽しかったということだろう。

「餡蜜、とっても美味しかったです!」
「気に入ってもらえてよかったです」

餡蜜を食べ終えて、店を出た二人。
どちらも笑顔でいっぱいだったが、今まで楽しかった分、少し寂しい気持ちが心の中にある。
二人の歩く速度も自然とゆっくりになっていく。そんな中で、花太郎に尋ねた。

「貴方のこと、花君って呼んでもいいですか?」
「はい!じゃあ、僕もさんって呼んでもいいですか?」
「はい。喜んで。花君」
「……あ」

二人の間に響いた、花太郎の小さな声。その意味をはすぐに理解した。
ゆっくりと歩いていたはずなのに、もっと一緒にいたいけれど、目の前にあるのは分かれ道。
は十番隊舎に、花太郎は四番隊舎に、それぞれ戻らなければならない。
けれど、その前に花太郎はに言いたいことがあった。

さん!」
「なぁに?」
「今度は僕のおすすめのお店に行きましょう!お団子がとても美味しいお店なんです!」

は「うん」と言おうとしたが、花太郎がそれを阻んだ。
まだ全て言い終えていないから。一番伝えたいことを伝えていない。

「絶対に行きましょう!さんとルキアさんと僕の三人で!」

それを聞いたは少し驚いた顔をしたが、それは一瞬でどこかへ行ってしまい、大きく頷いた。
は花太郎のほうを見てにこっと微笑み、言う。

「うん!約束!」



『いつ』になるかは分からないけれど、『いつか』必ず行こう。
そのときはきっと、みんな最高の笑顔で……。










 (09.09.02)

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