いつか(前編)




朽木ルキアが尸魂界に戻ってきたまもなく、四番隊の隊士が六番隊舎牢の清掃係を命じられた。
彼の名前は山田花太郎。
初日、花太郎は顔を強張らせながらルキアに挨拶した。

「あの…ルキア様。これから今日のお掃除をさせていただきます」

相手は貴族。しかも四大貴族の一つ、朽木家の者。
貴族ではない花太郎にとって、彼らは怖い存在でしかなく、ルキアも同じだった。ルキアの声を耳にするまでは…。

「その呼び方はしないで欲しい」
「えっ…?でも……」
「普通に呼んでくれればいい」

ルキアは花太郎にそう言う。戸惑う花太郎だったが、恐る恐る「ルキアさん」と呼んだ。
すると、

「ありがとう」

お礼を言われた。ルキアの声はとても優しくて、花太郎は嬉しかった。
「ありがとう」と言われた。初めてルキアの笑顔を見た。
花太郎は、ガチガチに固まっていた心と体が、羽根のように軽くなったのが分かった。
それから花太郎は六番隊舎牢に行くのが、日を増すごとに楽しみになっていった。
花太郎が現世のことを尋ねると、ルキアは少しずつ話してくれた。
現世の食べ物や飲み物。ルキアが見て、聞いて、感じたことを。
特に、一人の人物のことはよく話してくれた。
彼のことを聞くたびに『大切な人なんだな』と花太郎は思った。
ルキアが悲しい顔をしていたから、口にすることはなかったけれど。
そんなある日のこと。

「十番隊のを知っているか?」

突然、ルキアは花太郎に尋ねた。
花太郎は少し驚きながらルキアの質問に答える。

「知っています。たしか十番隊の第三席の方ですよね?」
「ああ。……花太郎に頼みがある」
「えっ?僕にですか?」
「花太郎にしか頼めないのだ」

花太郎はさらに驚いた。ルキアに何かを頼まれるなんて、初めてだったから。
どうするかなんて、決まっている。

「任せてください!僕にできることなら何でもしますから!」

ルキアの願いなら、それを自分が叶えられるのなら、頑張ろうと思った。
ルキアは「ありがとう」と言い、小さく笑った。
それを見て、花太郎はすごく嬉しかった。何でもできるような気がした。



ルキアの頼み。それは十番隊第三席の様子を見てくることだった。
に事情を知らせないでくれ」とも言われた。
花太郎がその理由を尋ねると、

「様子を見るだけでいい。ただ、元気がどうか知りたいだけなのだ」

そう言ってルキアは俯いてしまったが、とても悲しそうな瞳をしていた。
一瞬だけだったけれど、花太郎は見てしまった。
ゆえに、『頑張ろう』と思っていた強い気持ちが、少し折れてしまった。

『本当は知って欲しいんじゃないかな?』

十番隊舎に向かう途中、花太郎はずっと頭の中で考えていた。
けれど、答えは見つからず、十番隊舎執務室の前に着いてしまった。

『これからどうしよう?』

花太郎が真剣に悩んでいた、ちょうどそのときだった。

「おい。そこにいる奴」

声が聞こえた。びっくりしながら花太郎は辺りを見回す。が、周りには誰もいない。
「あれ?」と思いながら花太郎が首をかしげていると、


ガラララッ


執務室の扉が開き、中から人が出てきた。
それは十番隊隊長・日番谷冬獅郎だった。

「執務室の前で何やってんだ?用があるなら早く入れ」
「はいぃぃぃ!!」

花太郎はいつもの癖で返事をしてしまった。
しまった、と思い口に手を当てるがもう遅い。
日番谷はすでに執務室に戻ってしまったし、「はい」と言った以上、中に入らなければならない。
緊張が高まっていく中、花太郎は執務室の中へゆっくりと足を踏み入れた。

「失礼します…」

執務室の中に入り、深々と頭を下げる花太郎。
だが、緊張のあまり体がガチガチに硬くなってしまった。
そんな花太郎に追い討ちをかけるように、日番谷は尋ねた。

「お前、誰だ?何の用だ?」
「えっと…。僕は……」

日番谷の問いに対して、花太郎はかなり焦った。
ここに来た理由を考えるが、焦った頭では何も思い浮かばない。
困り果てて泣きそうになる花太郎。答えない花太郎に苛立つ日番谷。
この二人によって、その場の雰囲気が急激に悪くなっていく。
すると、

「彼は私の友人です」

室内に響いた優しい声。花太郎が、はっと顔を上げると、そこにはが立っていた。
花太郎に安心させるようにニコッと微笑む。そして、日番谷のほうを向いて、言った。

「今日は一緒に甘味屋さんに行く約束をしていまして。彼は迎えに来てくれたんです」
「そうか。なら休憩に入っていい。今日はずっと休みなしだったしな」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきますね」

は日番谷にお辞儀をした後、花太郎に近寄り、にっこり笑みを浮かべて言う。

「さぁ、行きましょう」
「えっ?……はい」

花太郎は何がなんだか分からず、混乱したまま先を歩くの後に続いた。

「さて。どこで休憩しましょう?どこか行きたいところはありますか?」

多くの店が並ぶ区域に着くと、はくるりと後ろを振り返り、花太郎に尋ねた。
驚きながらも首を横に振る花太郎。
それを見て、は楽しそうに笑いながら、さらに尋ねる。

「甘い物は好きですか?お団子とか、餡蜜とか」
「えっと……好きです」
「私も好きです。では、本当に甘味屋さんに行きましょうか。ちょうど餡蜜が美味しいお店が近くにありますし。そこでゆっくりお話しましょう」

そう言うとは再び前を見て歩き出した。
花太郎は立ち止まったまま少し考え事をしていたが、すぐに走り出しの数歩後ろを歩いていく。
二人は会話することなく歩き続けていた。店に着くまで、ずっと…。










 (09.09.02)

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