いとしいひと(冬獅郎編)




我は一人、屋根の上に登り、空を眺めていた。
特に何かがあるというわけではない。闇と星と月。いつもと変わらない、美しい夜空が広がっているだけ。
それでも我がここにいる理由は、月が見たかったからだ。冷たく輝く月を、出来るだけ近くで見たかったのだ。
こんな物好きは自分だけだと思っていたが、どうやら違ったようだ。霊圧が一つ、近付いてきている。
月から視線をずらすと、我の後ろに小さな少女がいた。彼女は満面の笑みを浮かべて、我を見つめている。

「こんばんわ」
「お前は…?」
「私は。よろしくね、氷輪丸」
「…何故、我の名を」
「分かるよ。一目見て、すぐに分かったよ。氷輪丸だって」

そう言って、我に微笑む彼女。その笑顔は月明かりに照らされて、とても美しかった。
目を離せなくなるくらいに、ずっと見つめていたくなるくらいに。
これが我と彼女のはじめての出会いだった。



十番隊・隊首室の縁側で、は静かに夜空を眺めていた。
そんなを見て、俺は小さく溜め息をつき、声をかける。

「風邪ひくぞ」
「うん。でも、もう少しだけ」

風呂から上がったばっかで、髪もろくに乾かしてないのに。
今すぐ部屋の中に入れたいが、無理矢理やるとあとが面倒だ。
俺はもう一度溜め息をつくと、着ていた自分の羽織をその肩にそっとかけてやった。
そして、の隣に座り、言う。

「あと五分だけだからな」
「ありがと、冬獅郎」

俺の方を向いてニコッと笑う。だが、すぐに視線を空へ移した。
俺もと同じように空を眺めると、俺の視界に月が広がってきた。いつもと変わらない、綺麗な月だった。

「氷輪丸みたいだよね」

突然の言葉。どくん、と心臓が強く脈打つのが分かった。
俺はの方を見るが、は相変わらず月を見たままだった。

「…何がだ?」
「あの月。すごく綺麗で、でも見ていると何だか切なくて、目をそらせなくなるの。だから、氷輪丸みたいだなーって」
「………」
「あ、氷輪丸といえば…」

その続きは聞こえなかった。……聞きたくなかった。
俺は月から目をそらし、胸をぎゅっと握り締めた。
が俺以外の野郎のことを話すだけで、胸が苦しくなる。すごくイライラする。たとえ自分の斬魄刀でも…。
だが、はさらに続ける。

「ねぇ、氷輪丸の様子、最近変じゃない?」
「…そうか?」
「うん。いつも以上に静かっていうか…なんか元気ない感じ」
「………」
「何か悩みがあるのかな?」

……もう限界だった。
俺はに抱きつくと、そのままと二人、床に倒れる。否、押し倒したといった方がいいだろう。
を見ると、今の状況をいまいち理解できていないようだった。
そりゃそうだろうな。こんなこと、今まで一度もやったことなかったから。
だけど、お前が悪いんだぜ?

「お前は俺だけ見てろ」

そうして俺はの唇に自分のを重ね合わせる。
最初は触れるだけだったが、舌をの中に入れ、次第に深くなっていく。
舌を絡めながら、角度を変えながら。俺の気が済むまで、それを続けた。

「…………」

は抵抗しなかった。俺を優しく包みこむように、抱き締めてくれた。
そして、苦しみも、苛立ちも、は全てを受け止めてくれた。



情事のあと、寝室で横になると、はくすくすと笑っていた。
理由を聞いたら笑顔と一緒に答えが返ってきた。

「冬獅郎がやきもちかぁ」
「……悪いかよ」

それに対して、俺はぶっきらぼうにそう答えた。
さっきの自分を思い出すだけで恥ずかしくなって、の顔も直視できなくなる。
だが、それでもは笑っていた。

「ううん、すごく嬉しい。だって…」

は俺に近寄ると、耳元でそっと呟いた。

「やきもちは、冬獅郎に愛されてる証拠だから」

の方を見ると、俺の唇に柔らかいものが触れた。
それが何か、すぐに分かった。気付いた途端、赤面してしまったが。

「大好きだよ。冬獅郎」










 (09.11.07)

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