パン!
何が起きたのか分からなかった。
唯一分かるのは、頬が熱く、痛くなっていくこと。
そして、ようやく私は叩かれたということに気付いた。
「なんで…なんでアンタが十番隊なのよ!私は十番隊に選ばれなかったのに!なんでアンタが!」
涙を浮かべながら彼女は言う。
「十番隊に入りたい。日番谷隊長に近付きたい」とずっと言っていた、私の友達。
でも、彼女は十番隊に入れなかった。十番隊に入ったのは、私だった…。
「十番隊に入らなければ意味が無いのに…。私は……」
彼女はどこかへ行ってしまった。
私は追いかけなかった。彼女を追いかける資格なんて、私には無かった。
心が痛い。涙が私の頬を伝い、落ちていく。
どうして涙が出てくるの?
つらいのは彼女のほうなのに。
彼女を傷つけた私に泣く権利なんてないのに。
止まって欲しいのに、涙は次々と溢れ出る。それを止める術を私は知らない。
私は、一人、泣いていた。誰も来ないことを祈りながら。
でも、私の祈りは神様には届かなかった。
「どうした?」
突然の声。透き通るようなその声を、私は知っている。
「日番谷…隊長」
振り返ると、すぐそばに日番谷隊長が立っていた。
私の上司になる、彼女の想う人である、日番谷隊長が、今、私の目の前にいる。
私は慌てて涙を拭こうとした。そして、なんとか笑おうとした。
でも、隊長がそれを止めた。
「無理すんな」
「…………」
「ついてこい」
隊長は私の手を引いて、どこかへ向かった。私は黙って隊長の後をついていく。
目的の場所にはすぐ着いた。隊長が私を連れてきた場所は、十番隊隊舎・隊長と副隊長用の執務室だった。
新人隊士の私は、ここに来るのは初めてだった。
「松本はいるか?」
「はーい」
隊長に呼ばれて、奥の部屋から松本副隊長が顔を出した。
私の顔を見ながら、副隊長は隊長の下にやってくる。
「こいつの怪我を見てやってくれ。頬がかなり腫れてんだ」
「了解です」
副隊長は、もう一度、私のことを見る。
護廷十三隊でも人気がある日番谷隊長と、女性死神の憧れの的である松本副隊長が私の目の前にいる。
私は頭がクラクラしてきた。
「湿布を貼れば大丈夫だと想います」
「そうか。良かった」
「今、救急箱を持ってくるからね」
そう言って、隣の部屋へ向かう副隊長。すぐに救急箱を持って戻ってきて、私の頬に湿布を貼ってくれた。
湿布はひんやりして冷たくて、すごく気持ちが良かった。
「はい!おしまい!」
「あ、ありがとうございます!」
私は日番谷隊長と松本副隊長に深々と頭を下げる。
隊長にここまで連れてきてもらって、副隊長に治療してもらえるなんて。私はなんて幸せ者なんだろう。
「しばらくは湿布を貼らなきゃダメよ!女の子は顔が命なんだから!」
「いえ、私は別に…」
「何言ってるの!ちゃんと自分を大切にしなさい!あなた、可愛いんだから!」
「いえ、私は可愛くないですよ」
「問答無用!副隊長命令よ!」
副隊長は、びしっと指を差しながら、私に言う。そんな副隊長がなんだかおかしかった。
すると、
「…やっと笑ったな」
「えっ?」
今までずっと黙っていた隊長が、そう呟いた。
隊長は、小さく笑みを浮かべながら、私のほうを見ている。
「少しは元気出たみたいだな」
隊長は私の肩をぽんっと叩く。私の中に隊長の優しい気持ちが伝わってくる。
「泣きたいときは思いっきり泣け。その後、泣いた分だけ笑えばいいんだ。無理する必要はねえ」
「隊長…」
「これからよろしくな。」
「えっ?どうして私の名前を?」
「院生時代からあなたのことは知っていたわ。他の隊との争奪戦、大変だったんだから」
隊長の代わりに副隊長が答える。
副隊長は笑っているけど、私は信じられなかった。
隊長が私のことを知っていたなんて。
すごく嬉しくて、また涙が出てきてしまう。
「泣くなら私の胸で泣け!」
「やめろ。を殺す気か」
「だって、すっごく可愛いんですもん!ねっ、って呼んでいい?」
「副隊長…」
「私のことは乱菊さんって呼んで!ね、!」
未だ涙は止まらないけど、私は日番谷隊長と松本副隊長に微笑んだ。
二人とも笑っている。それだけで私の心は幸せな気持ちで満たされていく。
私は正式に十番隊へと配属された。
その後、彼女とは会っていない。
きっと彼女は私のことを許してはくれないだろう。
それでも、私は後悔してない。
日番谷隊長と松本副隊長を護る。そう自分自身に誓ったから。
終