朝起きたときからおかしいなと思っていた。
咳が一度出るとしばらく止まらないし、考えがまとまらなくて空回りしてばかりで、何をしてもうまくいかない。
それでも、今日は調子が悪いなと思った程度で、いつもと変わりなく執務室に行った。
たくさん仕事があるし、休んでなんていられない。
それに……会いたいから。
「あ、隊長。おはようございます」
「……あぁ」
「今日提出の書類は机の上に置いてあるので確認お願いします」
「……おい」
「あ、今日はこれから隊首会ですよね。その前にこの書類を…」
ふわっ
額に触れる、冷たい手。それがとても気持ちがよくて、そっと瞼を閉じた。
もう少しだけ、このままでいたかったけれど、小さなため息が聞こえて、ゆっくりと目を開けた。
すると、
「……やっぱりな。お前、熱があるぞ」
呆れたような声、心配そうな瞳だった。
「……熱?」
小さくそう呟いて、額に手を当てる。
自分でも熱を測ろうとしたけれど、よく分からなかった。
頭がボーっとして、目の前がぼんやりしている。
「今日はもういい。帰って寝てろ」
「でも……」
「隊長命令だ」
「仕事が…」と言おうとしたけれど、できなかった。
「隊長命令」と言われたら、何にも言えなくなってしまうから。
それから自室に戻って、すぐに横になった。
熱があると言われて、風邪をひいたと認識して、症状が一気にひどくなったらしい。
熱に浮かされて、いろんなモノが頭の上でぐるぐる回って、眠りたくても眠れない。
「……なん…で?」
どうしてだか分からないけれど、涙が溢れた。
寂しさからか、恋しさからか。両方か、それとも違う何かか。
何度ぬぐっても涙は止まらなかった。
「………とう、しろ…」
分かっていた。遠くにいる彼には届かないと。
ちゃんと分かっていたいたはずだった。こんなことをしても意味はないと。
それでも、名前を呼んでしまったのは、会いたかったから。
胸を締め付けられるような痛みに襲われても、会いたくてたまらなかったから。
つめたい。でも、きもちいい。
もっとふれてほしい。もっとそばにいてほしい。
もっと、もっと、もっと。
「……え?」
本当に唐突に目を覚まして、まずは自分の目を疑った。
信じられない、というほうが近いかもしれない。
一番最初に見たものは、ずっと会いたいと思っていた人だったから。
まだ夢を見ているような気がして、消えてしまわないでと心から強く願っていた。
けれど、
「なんて顔してんだよ」
夢ではなかった。
今、ここにいるのは幻ではなく、本当に愛しい人だった。
「……隊長、どうして…」
「今は仕事中じゃねぇだろ。名前で呼べ」
「…冬獅郎。どうしてここに?仕事は?」
「午後から休みとった」
「えっ!?」
「全部終わらせてきたから心配すんな」
「……ごめんね」
「謝んな。つか、が苦しんでんのに仕事しろっていうのが無理だ」
それを聞いて、身体の熱が上がっていくのが分かった。
風邪からくる熱じゃない。愛しい人をもっと愛おしく思う、大切な気持ち。
『伝えたい。私の気持ちを全部、彼に伝えたい』
どうすれば伝えられるか。
そう思ったのと、それを行動で示したのは、ほぼ同時だった。
彼の頬に、そっと触れるだけの、やわらかな口付けを落とした。
彼はとても驚いていて、普段は絶対に見せない表情で、なんだか嬉しかった。
自分しか知らない彼を、またひとつ知ることができたから。
「いつもありがと。だいすきだよ」
終