飴と鞭




十番隊隊舎・執務室。
日番谷はいつものように、自分の席で淡々と仕事をこなしていた。
それに対して、は長椅子に腰掛け、本を読んでいる。
視線を右へ左へと移し、ページをパラパラと捲る。
時々紙に何かを書きながら、それでも読む速さは変わらず、読み終わったら次の本へと手を伸ばす。
まるで機械のような動作で、次から次へと読み進めていく。
日番谷は、そんなを横目で見つめては、小さくため息をついた。
だが、当の本人は全く気付いていない。
ただひたすら、作業に没頭していた。


それから三時間後。

「……ふぃー」

ようやくは本を読むことを止めた。
手を組み両腕を上に上げて、ゆっくりと体を伸ばす。
少し動かしただけで体中が豪快な音が響いた。
すると、

「……おい」

声と同時に舞い降りてきた湯のみ。
はそれを受け取り、声の主に微笑んだ。

「ありがとーございますー」

ちゃんと感謝の言葉を述べた後、湯のみに口をつける
一口飲んだだけで、ますます幸せそうに笑った。
疲れがどこかにいってしまいそうなくらい、すごく美味しいお茶だから。
それと、日番谷が自分のためにお茶を淹れてくれたことが、とても嬉しかったから。

「で、終わったのか?」
「はい。あとはアイツに渡せば…」


「失礼します」


日番谷との会話の最中、入り込んできた声。
は笑みを浮かべたまま、手に持っていた湯のみを思いっきり投げた。
それは拳銃から発射した弾丸のように飛んでいき、執務室に入ってきた人物・二番隊副隊長・大前田希千代の腹に命中した。

「ぐふぉ……!!」

湯のみは大前田の腹にめり込み、肉と肉との間に挟まったため、割れることはなかった。もちろんお茶は飲み終わっていたので、中身は空だ。
腹を押さえながら床に蹲る大前田と両手を組みながら相変わらず笑っている
そんな二人を日番谷は黙って見ていた。


「……いきなり何するんスか!」
「湯のみを投げたけど?それが何か?」
「"それが何か?"ってなんスか!他に言うことあるでしょう!!」
「"隠密機動のくせに避けられないだー"のほうがよかった?」
「うっ……!」
「稽古が足りないみたいだねー。もしかしてサボってるんじゃ…」
「そういえば!お願いした"例のヤツ"できました!?」

大前田に話を逸らされて、内心ムッとするだが、顔には出さない。
笑顔のままで手に持っていた書留を大前田に見せた。
それを見た大前田は、胸を撫で下ろしながら、『助かった』と心から安堵した。


の目の前に高々と積まれている本。それらは全て隠密機動の資料だ。
本来なら一部の二番隊隊士しか閲覧できないものだが、は元・二番隊の隊士であることから特別に許可してもらったのだ。
その理由は……。


「やっぱりお仕置きが必要かなー」
「…………ッ!!」


大前田が書類を無くしてしまったのだ。しかも、隠密機動の機密書類を。
二番隊隊長である砕蜂から直々に頼まれて、は今までずーっと資料と睨み合いをしていたのだ。

「本来ならお前がやらなくちゃいけないのにさー。私だって自分の仕事あったのにさー」
「その代わりに十番隊の仕事、二番隊が受け持ったじゃないっすか!」
「……つーかさ、まず先に言うことあるんじゃないの?」
「………すみませんでしたッ!!」

急に低くなったの声。
それを聞くや否や、大前田は謝罪の言葉を発した。しかも、土下座で。
の視線が刺さり、背筋が凍りついていく大前田。床に突っ伏した状態で、顔を上げようとしない。
昔からこうなのだ。に見られたら最後、蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。
それでも、が許してくれるのを祈っていた。心から、強く祈っていたのだが…。

「隊長、ちょっと運動してきてもいいですか?」

は大前田の首筋をぎゅっと掴むと、日番谷のほうを見てそう言った。
ガタガタと震えながら、『認めないでくれ!』と思いながら、日番谷を見つめる大前田だったが…。

「……ほどほどにしろよ…」

……次の瞬間、大前田の惨死が決定した。

「じゃ、行ってきまーす!!」
「いやだあぁぁぁ!!!!」










XXXさんとの過ごし方のヒロインさんです。
大前田の視線(気持ち)に気付いていましたが、ヒロインさんの気迫に負けて外出を許した日番谷隊長でした。
その後、大前田がどうなったかは……皆さんのご想像にお任せしますv
ヒロインさんに頼るのはいいですが、ご利用は計画的に!(笑) (09.11.18)

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