空を眺めれば月があった。
いつもより大きかった。
いつもより力強く輝いていた。
『月に魅了された』
それも酒を飲もうと思った理由の一つ。
夜。は十番隊隊舎・隊舎室を訪ねた。
その手には酒と杯。
それを見て日番谷は驚いた。呆れもした。だが、
「一緒に飲もう!冬獅郎!!」
笑顔でそう言う。
日番谷は知っている。こういうときのに何を言っても聞かないことを。
よぉく知っている。だから、
「分かったから。早く中に入れ」
日番谷は部屋の中にを入れた。
今日はみっちり仕事をしてきた。
明日も仕事。決して休みではない。
それでも、仕方がない。結局のところには甘いのだ。
日番谷は台所で簡単に肴を作り、を待たせている居間に戻ってきた。
だが、がどこにもいない。
「……ったく。どこ行ったんだよ…」
隊首室内を探し回って、ようやく見つけた。
は縁側にいた。
寒い中、真っ白い息を吐きながら、空を見上げている。
日番谷は小さくため息をついた後、
「風邪ひくぞ」
そう言って、に自分の隊首羽織をかけた。
は日番谷のほうを見て、「ありがと」言った後、また空を見上げる。
日番谷はの隣に座り、同じように空を見上げた。
雲一つない。大きな月が輝いている。
日番谷はウサギみたいな月だなと思った。
すると、
「あのときは…あんなに雨が降っていたのにね……」
が小さくそう呟いた。
日番谷は、がここに来た理由がようやく分かった。
思い出した。今日は、十三番隊副隊長志波海燕の命日だった。
は、海燕と二人酒を飲みながら、空を見上げていた。
美しい月だった。言葉を失ってしまうくらいに。
会話がないまま時間が過ぎていく。
けれど、しばらくして、海燕のほうから話し始めた。
「そういえば、朽木とはどうだ?仲良くなれたか?」
「……………」
それに対して何も答えず、黙り込む。
あまり触れて欲しくなかったから。
すると、海燕は笑い出した。しかも、大声で。
馬鹿にされている気がして―――――きっと気のせいではないという確信があって―――――は持ってきていた斬魄刀の柄に手をかけた。
霊圧も上がる。殺気も出ている。
それを全身で感じた海燕は、慌ててをなだめた。
「冗談だって!本気にするなよ!!」
「…何のことです?志波副隊長はまだ何も仰っていませんけど?」
突然、敬語で話し出す。海燕は冷や汗をかいた。
はニッコリと笑っているが、海燕にはそれが笑顔に見えない。
の背後に鬼がいるような気がした。
海燕は大きくため息をつき、日本酒を飲む。しかも一気で。
すっかり酔いが醒めてしまった。それはも同様だった。
日本酒を一気に飲んだ後、はとても小さな声で呟く。
「……駄目なんだよ。仲良くなりたいと思っているのに、上手くいかない…」
それは……弱音だった。それを聞き海燕はに酒を注ぐ。
「あいつは難しいやつだからな。心を開けないんだよ」
「お前や都ちゃんは仲良いだろ」
「それは…。まあ、同じ隊だからな」
「そんなの関係ない」
仲良くなりたいのに上手くいかない。
懸命に話しかけているのに心を開いてくれない。
けれど、これは八つ当たりだ。
悔しくて、悲しくて、心がいっぱいになってしまう。
その痛みに耐えきれなくて、だから八つ当たりしてしまうのだ。海燕には特に。
許してくれると分かっているから。
この気持ちを理解してくれると分かっているから。
「……やっぱり溜め込んでたな…」
海燕はそう言うと、の頭を撫でた。
は下を向いてぎゅっと目を閉じる。
泣きたくはなかったから。
涙は見せたくなかったから。
海燕の手は優しくて、海燕の気持ちは嬉しい。
けれど、その分、甘えている自分が情けなかった。
「……すまない」
そのままの状態で、は言う。
顔を上げられなかった。海燕の顔を見れなかった。
それでも、海燕は「気にするな」と言って小さく笑っていた。
「……それから私はルキアちゃんと仲良くなれた。きっと、あいつが何かしてくれたんだと思う。人一倍情に熱くて、人一倍優しいやつだったから」
月を見ながら、たまに酒を飲みながら、は言う。
日番谷はそれを黙って聞いていた。
心の中にある気持ちを全部吐き出してあげたかったから。
「……何で…あんなことになったんだろう…?」
一年前の今日、海燕は死んだ。
都が率いる調査隊が全滅して、それを知った海燕は虚を討伐に向かった。
都のために、部下たちのために、自分自身のために。
虚は倒した。だが、海燕も死んだ。
相討ちだったと。最期はとても満足そうに笑っていたと。
は、十三番隊隊長浮竹十四郎からそう聞いて、少しだけ救われた気がした。
そして、あれから一年が経った。
海燕が死んで、隊長格を失って、大変だった。
忙しい日々に少しずつ慣れてきた。
けれど、未だ傷は癒えていない。悲しみが消えることはなかった。
月を見ていたの視線が徐々に下がっていく。
日番谷は何も言わずにの頭を撫でた。
「我慢するな」と。そう言われた気がした。
手から気持ちが伝わってきた。
そして、
「…………っ!!」
は泣くことができた。
ずっと我慢していたから。泣きたくても、泣けなかったから。
涙が溢れて止まらなかった。
終