十番隊隊舎の執務室では静かに業務が行われている。
サボっていることが多い乱菊だが、この日は真面目に仕事をしていた。
一方の日番谷はいつもと変わりなく事務処理をしているのだが、あまり捗っていない。
処理速度はいつもと比べて遅かった。(それでも常人よりはるかに速いが)
この日、日番谷は朝からずっと違和感を感じていた。
いつもと変わらないはずなのに、なんだか落ち着かない。
原因を考えているのだが、思い浮かばない。
いつまで経っても答えが出てこないことに、日番谷の中でイライラが募ってきた、そのとき、間が悪く乱菊が口を開いた。
「たいちょー」
「ダメだ」
「まだ何も言ってませんよー」
「どうせ『休憩したい』か『サボりたい』だろ」
「…………」
「…図星かよ」
小さくため息をつく日番谷。
乱菊は机に顔をうつぶせながら大きなため息をついた。
「がいれば…」
「は非番だ。あきらめろ」
「どうしてが休みなのよー!」
「俺が知るか。さっさと仕事しろ」
「ー!!」
「はーい」
乱菊の大きな独り言で終わるはずだったのに、襖の向こうから返事が返ってきた。
慌てて乱菊が襖を開けると、そこには非番で休んでいるはずの十番隊三席・が立っていた。
「!?」
「!!」
日番谷は純粋に驚き、乱菊はとても嬉しそうに、目の前にいるを見た。
は抱えていた大きな包みを机の上に置いた後、日番谷と乱菊に笑顔をみせた。
「隊長!乱菊さん!お疲れ様です!」
「なんでここにいるんだ?今日は非番だろ?」
「お二人が忙しくてお昼も食べてないんじゃないかな、と思ってお弁当を作って持ってきました」
「ー!ありがとー!!」
お弁当、と聞いた途端、乱菊はのことをぎゅーっと抱きしめた。
の身長は日番谷とほとんど変わらない。
結果、の顔は乱菊の胸に埋まってしまった。
は苦しそうに乱菊の背中を叩いているが、当人は全く気付いていない。
「松本!を殺す気か!?」
その苦しさを知る日番谷はすぐに乱菊の所業を止めた。
日番谷に指摘され、乱菊はを解放する。
窒息死から免れたは何度も呼吸して新鮮な空気を身体に入れている。
「ごめんねー」
「、生きてるか?」
「なんとか…」
しばらくして息が整うと、は再び笑顔になった。
「そういえば、お昼は召し上がりましたか?」
「いや、まだだ」
「さっそくお昼ご飯にしましょう!せっかくがお弁当を持ってきてくれたんだし!」
乱菊は包みを開けて重箱弁当を取り出し、手際よくお昼の準備をする。
そんな乱菊を見て、日番谷は呆れた。
仕事中もこうならいいのに、と心から思った。
ふと、視線をずらしたら日番谷の目にが映った。
は相変わらず笑っていて、とても温かい、優しい笑顔だった。
「たいちょー!ー!早くしないと先にお弁当食べちゃいますよー!」
「はーい!隊長、急がないと食べられちゃいますよ?」
「あぁ」
それから三人はが作ったお弁当を仲良く食べた。
日番谷は気付かなかった。
自分の中に溜まっていたイライラがないこと、ずっと感じていた違和感が消えていること。
そして、それはが執務室に入ってきたときからだということを。
まだ日番谷は気付いていない。
おまけ
日番谷が玉子焼きを食べようとしたとき。
「隊長!玉子焼きはこっちを食べてくれませんか?」
そう言っては小さなお弁当箱を日番谷の前に出して開けた。
すると、その中身は玉子焼きで埋められていた。
よく見れば、隅のほうには大根おろしも添えられている。
「これは?」
「えっと…」
「、頑張って練習したんですよー。隊長が好きだって雛森から聞いて…」
「乱菊さん!!」
は乱菊のことをキッと睨んだ。
けれど、顔を真っ赤に染めたはとても可愛らしく、それを見た乱菊は「可愛い!」と言いながらをまた抱きしめた。
今回は手加減をしているらしく、が窒息死になるようなことはなかったため、日番谷は止めようとはしなかった。
二人がじゃれあっている間に、玉子焼きを一口食べた。
それを見たは日番谷のことを見つめながら恐る恐る尋ねた。
「どう、ですか?」
「ん。うまい」
「本当ですか?本当の本当に?」
「あぁ。うまいぜ」
日番谷が好きだと知って、一生懸命練習した玉子焼き。
日番谷の口から『うまい』という言葉が聴けて、はとても嬉しかった。
「ありがとうございます!」
「礼を言うのはこっちのほうだ。ありがとう。」
「ありがと!とってもおいしかったわ!」
尊敬する二人からのお礼の言葉。
その日はにとって、とても幸せな午後のひとときだった。
終