誓詞




藍染の反乱から半月が経とうとしている。
隊長格が三人も抜けてはじめは慌ただしかったが、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
それでも、負った傷は深く、溝はまだ埋まっていない。



十番隊三席は執務室で事務処理に追われていた。
いつもならは上位席官用の執務室にいるのだが、この日は乱菊が非番のため、隊長・副隊長用の執務室で業務を行っていた。
今、執務室には日番谷との二人しかいない。
どちらも話しかけることはなく、静かに時間だけが過ぎていった。
が書類の処理を終えたちょうどそのとき、はじめて日番谷が話しかけてきた。

「なぁ、。ひとつ聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」

日番谷に目を向けることなく、は次の書類へと手を伸ばしながら応えた。
構わずに日番谷は尋ねる。


「『憧れは理解から最も遠い感情だ』と思うか?」


書類へと伸ばしていたの手が止まった。
そして、ようやくは日番谷のことを見た。
の目にはまっすぐ自分をを見つめている日番谷の姿が映った。


『藍染隊長に言われたのだろう。雛森副隊長のことを考えているのだろう』


雛森は藍染に憧れていた。
憧れを抱いていた、信頼していた相手に刃で斬られた。
卯ノ花によって一命は取り留めたが、雛森は未だ目を覚ましていない。
今、日番谷は後悔しているのだろう。
大切な人が傷付くのを防ぐことはできなかったのか、と。
藍染の本当の姿を理解していれば、こんなことにはならなかったかもしれない、と。
根拠はなかったが、はそう確信した。
その上で、自分の答えを待つ日番谷に言った。

「『憧れ』ていることは『理解』していると言えないと思います」

日番谷はとても驚いたようにのことを見ていた。
だが、静かに「そうか…」とだけ言っただけだった。
それ以上は何も言わずに俯いてしまった。
はそんな日番谷がとても小さく見えた。
そうさせたのは自分なのに、自分が日番谷を傷付けたのに、胸が痛かった。
それでも、と自身に言い聞かせては自分の考えを言った。

「『憧れ』はその人の一部しか見ていません。それは他者によって作られた『虚像』です」
「…………」

日番谷は何も言わないが、は続ける。

「良い面や悪い面、その人の『実像』の全てを見た上で受け入れることが『理解』することだと私は思います」
「……俺たちは藍染の虚像しか見てなかったってことか…」
「そうかもしれません。ですが、他人に自分を見せようとしない者の本当の姿を理解することは不可能です」

日番谷が顔を上げた。
ずっと下を向いていた日番谷がのことを見た。
そんな日番谷をは優しく微笑む。

「今、隊長が何に悩んでいらっしゃるのか、私には分かりません。けれど、もしも力になれるのなら言ってください。自分ができることなら一生懸命やりますから」
…」
「私は日番谷隊長を守ります」

突然の誓い。
瞳に、言葉に、の強い意志があった。
それは日番谷にちゃんと伝わった。

「ありがとう。

そう言って、日番谷は小さく笑った。
久しぶりの、反乱後は見ることのできなかった、日番谷の笑顔だった。



藍染の反乱のとき、は何もできなかった。
だからこそ。


『守りたい。今度こそ、大切な人をこの手で守る』










はじめはシリアスで、最後はよく分からない…。
『憧れは理解から最も遠い感情』という意見には賛成です。
その人のイメージを作っているだけで、その人自体を見ていないと思うんですよね。(まぁ、私の勝手な考えですけど)
ヒロインさんに「私が隊長を守ります」と言わせたかったので満足です。 (08.02.12)

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