赤みを帯びた珍しい地獄蝶がひらひらと舞い、執務室へとやってきた。
それは、ちょうど大きな饅頭にかぶりついたばかりのの頭のてっぺんに止まった。
「…ふぁいひょー」
「ちゃんと食ってからにしろ」
「ふぁーい」
日番谷に言われて素直に従う。
もぐもぐ。
できるだけ急ぎつつ、それでもじっくり味わいながら、饅頭を食べる。
ようやく食べ終えると、
「ちょっと出かけてきます!おやつの時間には戻ってきますから!」
「おい!今は仕事中だ!」
「すみません!今は説明してる暇ないです!詳しい話は乱ちゃんに聞いてください!それでは!」
そう言うと、は瞬歩でどこかに行ってしまった。
しん、と静まる執務室で日番谷の眉間に皺が刻まれる。
取れないのではないかと思ってしまうほど、深く、深く。
「あの野郎…」
「今回はサボりじゃありませんよ?は仕事で行ったんですから」
「どういう意味だ?」
日番谷は仕事の手を止めて乱菊のほうを見た。
わけがわからないと顔で訴えている。
乱菊が「おいで」と言うように手を振ると、地獄蝶はそれに応えるように乱菊の手に止まった。
乱菊は笑みを浮かべながら答えた。
「この地獄蝶は専用で、他隊から仕事を要請されるときにだけ来るんです」
「そうか…」
今は十番隊にいるが、その前に様々な隊に所属していた。
異動した後も他の隊から仕事の要請が来るなんて、普通は考えられないことだ。
が有能だからだけではなく、の人望が厚いからこそ、できることなのだろう。
日番谷はすごいと思った。本人の前にして言うことはできないが。
ふわっ。
「あれ?」
「あん?」
の地獄蝶が舞い、日番谷のところに近付いてきた。
にしたのと同じように、日番谷の頭のてっぺんに止まる地獄蝶。
「珍しいわね。この子、警戒心が強いのに」
「そうなのか?」
「そうですよ!しかも、そこはにしか止まらない特別の場所なんですよ!」
主にしか止まらない特別の場所。
『それは名誉なことなのか?』
そんなことを考えながら、日番谷は上を見上げて頭のてっぺんにいる蝶を見ようとした。
結局、それを見ることは叶わなかったが。
「ただいま戻りましたー」
が仕事を終えて執務室に戻ってきた。
かなり疲れているらしく、そのままソファにダイブする。
そんな月花を見て、乱菊はテーブルの上にお茶を置く。
その匂いを嗅ぐと、はゆっくりと身体を起してお茶を飲んだ。
「おいしー。ありがとー」
「お疲れのようね。今日はどこの隊だったの?」
「四番隊。人手が足りないから来てくれって言われて行ってみたら十一番隊の馬鹿共が騒いでて、あまりに酷かったからお仕置きしてきたの」
「大変だったわね」
「あり?そういえば、アゲハは?」
アゲハとは、の地獄蝶の名前だ。
地獄蝶では寂しいと思い、が名付けたのだった。
「アゲハならあそこよ」
そう言って指差す乱菊。その先には日番谷がいる。
依然、アゲハは日番谷の頭のてっぺんに止まっていた。
「あらら。珍しいね」
「でしょ?私もびっくりしちゃったわ」
「ホント、びっくりだね」
「おい。喋ってないでなんとかしろ」
二人の会話を黙って聞いていた日番谷だったが、いつまで経っても終わりそうにないので重い口を開いた。
日番谷に笑みを浮かべると、はその名を呼ぶ。
「アゲハ」
すると、アゲハは日番谷からのもとへとやってきた。
は優しく微笑みアゲハに言う。
「今日はありがとね。お疲れさま。ゆっくり休んで」
ふわり、と空を舞うアゲハ。
三人は少しの間それを見つめていたが、日番谷が一息つき、乱菊のほうを見た。
「松本。戸棚にある菓子を出してこい」
「えっ?いいんですか?」
戸棚にあるお菓子はお客様用であり、高級なものばかりだった。
そのほとんどは日番谷が十三番隊隊長・浮竹十四郎からもらったものだが…。
「構わん」
日番谷にそう言われ、乱菊は「はいはーい」と言いながら嬉しそうにお菓子を取りに向かう。
は首をかしげながら日番谷を見つめて言った。
「どうかした?」
「どうもしねえよ」
たまには労ってもいいだろう。
そう思っただけ、ただの気まぐれだ。
「お待たせー」
乱菊がお菓子とお茶を持って戻ってきた。
楽しいお茶会の始まり。
はとても嬉しそうに笑っている。
そんなを見て、日番谷も乱菊も微笑んでいた。
これは頑張っている君へのご褒美。
喜んでくれればそれだけで十分だ。
終