初めて会ったときから気に食わなかった。
十番隊執務室には毎日たくさんの訪問者がやってくる。
ほとんどは遊びに来るだけなので、そのたびに日番谷の機嫌が悪くなり、眉間の皺も深く刻まれるのは日常茶飯事だ。
だが、最近は特にひどかった。
その理由は『ある人物』のせいだった。
そして、この日も彼はやってきた。
「!」
「優樹!どうしたの?何か用事?」
「に会いに来たんだよ!それとも何?用事がないと来ちゃダメなの?」
「駄目に決まってんだろうが!今は仕事中だぞ!」
ここで、日番谷が初めて口を挟んだ。
それを聞いた優樹は、に向けるものとは全く違う笑みを浮かべて、日番谷のほうを見た。
「ああ、いらしてたんですか、日番谷隊長。全く気がつきませんでした」
「この野郎…」
日番谷の苛立ちはさらに増し、それに比例して眉間の皺も深くなった。
だが、それを見ても優樹が動じることはない。
のほうへと視線を戻し、同時に笑顔も戻して、優樹はを誘った。
「、今から出かけない?すっごく美味しい甘味屋さんを見つけたんだ」
「ちょっと待て!お前、人の話を聞いてねえだろ!」
「なんですか?邪魔しないでくださいよ、日番谷隊長」
「邪魔するに決まってんだろ!さっきも言ったが、今は勤務時間中だ!つーか、上司の前で堂々とサボりを進めるな!」
「じゃ、今からは僕と休憩してきますので。日番谷隊長は引き続きお仕事頑張ってください」
「この野郎…!」
「二人とも、喧嘩しないでくださいね」
困ったように笑いながら、は言う。
そして、申し訳ない様子で優樹に言った。
「優樹、ごめんね。今、仕事がいっぱいだから。甘味屋さんはまた今度ね」
「ええ〜!、ずっと仕事してるじゃん!」
暗に休ませていないと言われた気がして、日番谷のイライラはさらに増した。
一方、は笑いながら優樹を見て言う。
「大丈夫だよ」
「…………」
優樹は俯いたまま黙ってしまった。
はそんな優樹の頭を優しく撫でる。
「心配してくれてありがと。優樹の気持ち、すごく嬉しいよ?」
「…………」
「そうだ!今度、同じ日に非番をもらって、二人で一日過ごそう?」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。だから優樹も頑張って仕事してね?」
「うん!分かった!絶対、約束だよ!」
優樹は満面の笑みを浮かべて執務室から出て行った。
嵐が去り、日番谷はぐったりした。肉体的にも精神的にも疲れたようだ。
「隊長、大丈夫ですか?」
「疲れた…。すまないが、お茶を淹れてくれないか」
「はい。すぐに用意します」
は、その言葉の通り、給湯室でお茶を淹れてきた。疲れが取れるようにお菓子も用意してある。
「どうぞ」
「ありがとう」
お茶を一口飲む日番谷。いつもと変わりなく美味しい味なのだが、どうも落ち着かなかった。
その原因は『あの一言』だった。
「今度、同じ日に非番をもらって、二人で一日過ごそう?」
の言葉が日番谷の頭の中をぐるぐる回って離れない。
特に『二人で一日過ごそう?』の部分を聞くたびに、心が重くなっていくような気がした。
「隊長?どうかしました?」
はっと気がつくと、が心配そうな表情を浮かべながら、日番谷のことを見つめている。
けれど、日番谷は何も言わずに視線を下にずらした。
本当のことを言えなくて、なのに嘘は言いたくなくて、黙っていることしかできなかった。
『……情けねえ』
日番谷は自分の中で自身を責め、に見えないように己の拳を強く握り締めた。
すると、
「隊長!少しお散歩しませんか?」
「はあ?」
「息抜きにお散歩するのはいかがでしょう?外はいいお天気ですし!」
「…………」
懸命に散歩を誘うの顔を見て、ようやく日番谷はの気持ちが分かった。
は日番谷のことを考えて誘ってくれていると。
ずっと仕事している自分が少しでも疲れが取れるように、元気がない自分が少しでも元気になるように。
『気を使わせてしまったな』
そう思うと、日番谷は目を閉じてゆっくり深呼吸した。肩の力がスーッと抜け、笑みを浮かべられるようになる。
目を開けて席を立つ日番谷。のことを見つめ、笑った。
「お前も一緒に行くんだったらいいぞ」
「はい!ありがとうございます!」
「せっかくだし、甘味屋に行くか。どこか美味いところ知ってるか?」
嬉しそうに笑いながら日番谷の質問に答える。
そんなを見ているだけで、日番谷の心は温かくなっていった。
俺はあいつのことが気に食わない。
きっとそれはこれからもずっと変わらないだろう。
終