隊長にとって私は同期であり、部下。
それ以上でもそれ以下でもない。
任務の規模や危険度によって他の隊と合同で行なうこともある。
どの隊と合同任務を行なうかは隊長が決める。
隊同士の相性もあるが、隊長同士が親しいと合同で行なうことが多い。
七番隊と九番隊、八番隊と十三番隊は後者だ。
十番隊はどの隊とも行なっているが、中でも一番よく任務を組むのが五番隊だった。
この日も、五番隊と十番隊、合同で任務が行なわれた。
五番隊と十番隊の隊士が十番隊の穿界門に集まる。
その中には五番隊副隊長の雛森桃と十番隊三席のの姿もある。
二人は今回の任務の責任者だった。
「よろしくね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶を交わす二人。どちらも笑っていた。
だが、は雛森の笑顔を見るたびに自分の心が軋む音が聞こえる気がした。
否定しようとしても痛みがそれを許さない。
ただひたすら口の筋肉に『笑え』と指令を出し続けていた。
すると、
「日番谷君!」
「日番谷"隊長"だ」
十番隊隊長・日番谷冬獅郎がやってきた。
任務に出る部下に声を掛けるためにやってきたようにも見えるが、はそうではないと思った。
日番谷の表情を見て、雛森を見る日番谷の瞳を見て、それは確信へと変わる。
『雛森副隊長のことが心配なんだな…』
は日番谷が何を考えているのか分かるような気がした。言葉にすることはしなかったけれど。
「気をつけろよ」
「大丈夫だよ!相変わらず心配性だなぁ、日番谷君は!」
「うるせえよ」
日番谷と雛森の何気ない会話。
その言葉の一つ一つが、その表情の一つ一つが、の心に突き刺さる。
やめてとは心の中で叫ぶ。それが二人に届くことはなかったけれど。
「行ってくるね!」
「行ってまいります」
そうして雛森とは隊士を連れて現世へと向かった。
今回の任務。事前に調べた情報によれば、虚の数が多いだけで決して難しい任務ではない。
遅くても夕方には尸魂界に帰れる……はずだった。
空は血のように紅く染まっている。
そんな中で、と雛森は巨大虚の群れと対峙していた。
「くっ……」
現在の状況を見て、は顔をしかめずにいられなかった。
聞いていた情報よりも明らかに多い虚の数。
虚の攻撃によって傷付いていく隊士たち。
最悪な状況だった。
「大丈夫?さん」
「なんとか。雛森副隊長は大丈夫ですか?」
「私は平気」
雛森と。お互いが肩を並べて目の前にいる虚と対峙している。
は、斬魄刀の柄をぎゅっと握り締め、考える。
『十番隊の責任者として、隊士たちを無事に帰さなければ』
『護らなければ。雛森副隊長を、日番谷隊長にとって一番大切な人を』
自分自身にそう言い聞かせ、は覚悟を決めた。心に迷いはなかった。
「雛森副隊長。私が虚の気を逸らします。その隙にこの場から撤退してください」
「さん!?」
「十番隊のみんなをよろしくお願いしますね」
そう言うと、は雛森の周りに結界を張った。雛森は何か叫んでいるが、気にしている暇は無い。
虚へと立ち向かう。目の前の虚の群れへと刀を突きつけ、叫ぶ。
「咲き乱れ!『曼珠沙華』!」
が斬魄刀を解放すると、紅い花が虚を囲い、一気に爆発する。
虚は叫ぶこともできずにあっという間に昇華された。
休むことなくは近くにいた虚へと斬りかかる。それは断末魔の叫びを上げて昇華された。
虚が一歩、引いた。対するはさらに前へと進む。
距離を縮め、また虚を昇華する。止めることなく、止まることなく。
虚を斬るたびにが、刀身が、紅く染まっていく。それらが黒く染まった頃、ようやくは止まった。
いつの間にか、は虚に囲まれていた。仮面の下で虚は笑みを浮かべている。
己の勝利を確信しているようだった。
それでも、は微笑んでいた。
雛森から離れることができた。
の思惑通り、虚を引きつけることに成功した。
『もう少しで終わる』
そう自分に言い聞かせて、は虚へと問う。
「どうした?来ないのか?」
虚は、嘲笑うように己自身を見るに、激怒した。
虚の爪が一斉にへと降りかかる。避ける場所なんてどこにもない。
は目を閉じて虚の攻撃を静かに待った。
『虚との距離がゼロになったとき、斬魄刀を解放しよう』
そうすれば、全ての虚を滅却することができる。もちろん、そんなことをしたらもただではすまないだろうが。
闇の中で日番谷の姿が浮かんだ。
「さようなら。日番谷隊長」
虚の攻撃まであと少し。が死を受け入れた、そのときだった。
「霜天に座せ!『氷輪丸』!!」
暗闇の中で響いた声。
幻聴だと、思ったのに。目を開けると、眩い光の中に声の主はいた。
「日番谷隊長…」
美しい氷の竜は虚へと向かって飛翔していく。
虚は凍り付けにされ、砕け散った。
あっという間に虚は全て昇華され、その場には日番谷とだけが残された。
「大丈夫か?」
氷輪丸を鞘に納め、尋ねる日番谷。はコクリと頷いた。
それを見て日番谷は「そうか」と呟き、
ガッ!
の頭を殴った。頭がガンガン響いてかなり痛いが、は何もしない。
そんなに、日番谷は怒鳴る。
「馬鹿野郎!なぜ救援を呼ばなかった!なぜ一人で虚と戦った!一人では手に負えないことはお前にも分かっていたはずだ!!」
「…すみません」
「俺は理由を聞いているんだが?」
救援を呼ばなかったのではない。救援を呼ぶ暇が無かったのだ。
予想していた以上の虚に隊士は焦り、その結果、多くの隊士が傷付いた。
自身、それらの対応や虚との応戦をしていて救護を要請する余裕が無かった。
一人で虚と戦ったのは、雛森に傷付いてほしくなかったからだ。
雛森が傷付いて、それを日番谷が見て、悲しむ姿を見たくなかった。
だから、勝ち目が無くても一人で戦うことを選んだ。
けれど、それらは全て言い訳だ。
言い訳はしたくない。だが、何か言いたくても何も言えない。
「……本当にすみません」
は頭を深く下げて謝る。謝ることしかできなかった。
必死に堪えていたのに、涙が溢れる。自分の無力さに情けなくなってくる。
そんなを見て、日番谷は小さくため息をつく。そして、の頭を優しく撫でた。
「悪い。そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。お前の気持ちを聞きたかっただけなんだ」
は涙が止まらなかった。
日番谷の優しさが、日番谷の手の温もりが、今のにはつらかった。
それでも、日番谷は続けて言う。
「雛森から聞いた。想定外の状況で、救援を呼ぶ暇が無かったんだろ?雛森や隊士を守るために一人で戦ったんだろう?」
日番谷は優しくに言う。
だが、には苦しい気持ちは消えない。日番谷の言葉を聞くたびにの心は痛む。
はただ、泣くことしかできなかった。
日番谷にとって一番大切な人は雛森。
だから護りたかった。その気持ちに嘘は無い。
でも、虚を倒して自分も死のうと思っていたのも事実。
死ねばもう苦しまなくていいと思った。あらゆる苦痛から解放されると思っていた。
それなのに、生かされた。
まだ苦痛に耐えなければいけない。
どうしてこんなに苦しまなければいけないの?
こんな思いをするために好きになったんじゃないのに。
心のどこかでそう思ってしまう。
日番谷と雛森が一緒にいるとき、日番谷の口から雛森の名を聞くだけで、の心は悲鳴を上げる。
嫉妬で心がいっぱいになってしまう。
そのたびには己の穢さ、弱さ、醜さ、全てが嫌になる。
『嫌いになれたらどんなに楽だろう…』
終