薄紅色の花が舞う。
ふわり、ひらり。
見るもの全てを魅了する。
尸魂界にも四季がある。
春になれば花が咲き、冬になれば雪が降る。
今は春。桜の花が咲く瀞霊廷でも現世と同様に、お花見シーズン真っ只中だ。
部下や飲み友達を集めては宴会を開き、朝まで騒いでいるほどの酒好きであり、
自他共に認める酒豪である十番隊副隊長松本乱菊が花見という名の飲み会を開かないわけがない。
「みんな!今日はお花見。飲んで食べて思いっきり楽しみましょう!もちろん朝まで無礼講よ!」
乱菊の言葉により会場の雰囲気が一気に明るくなる。
さらに三席のが声を上げた。
「では、皆さん。コップをお持ちください」
近くにあるコップを手にする隊士たち。全員コップを持っているのを確認すると、は日番谷に合図を送る。
それを見て、日番谷がスッと立ち上がった。
そして、
「乾杯」
「乾杯!!!」
隊士たちの歓声が上がり、花見が始まった。
花見開始から一時間後。
「こちらでしたか」
「か」
花見会場から離れた場所に日番谷はいた。
疲れているのか、日番谷の表情は暗い。
そんな日番谷を見て、は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
遠くからは楽しげな声が聞こえてくる。その中で乱菊の笑い声が一番響いていた。
それを耳にした途端、日番谷の眉間の皺がさらに深く刻まれる。
「やっぱりこういう催し物はお嫌いですか?」
「嫌いってわけじゃねえが、好きでもねえ」
「隊長らしいですね」
そう言うと、は日番谷の隣に座った。
そして、日番谷の前に酒を置く。今回の花見で用意した酒の中でとっておきと自信を持って言える代物だ。
日番谷は驚いた表情を浮かべながらまずは酒を、次にを見る。
「どうぞ」
「…………」
がニコッと笑うと、日番谷は手渡されたお猪口を受け取った。
その後、静かにお酒を飲み合うと日番谷。
二人の目の前には桜の木がある。
満開の桜の花が視界を染めていく。
ふわり。
ひらり。
風が吹き、花びらが舞う。
は、自分の心が満たされていくのが分かった。
この気持ちを言葉にすることはできないのだけれども。
おそらく日番谷も同じ気持ちなのだろう。
相変わらず何も言わない二人。だが、二人の間には雰囲気は優しく温かかった。
は日番谷との距離がいつも以上に近いように思えた。
自己満足かもしれないが、それでもは嬉しかった。
とっておきのお酒を大切な人と飲むことができて、幸せだと心から思うことができた。それを口にすることはしなかったが。
「綺麗ですね」
ありきたりの言葉を言う。それ以上の気持ちを言葉にこめて。
返事は返ってこないと思っていたが、
「そうだな」
ありきたりの言葉が返ってきた。それ以上の気持ちをこめられて。
ふわり。
ひらり。
また風が吹く。そのたびに花びらが舞う。
の満面の笑顔と日番谷の小さな微笑みを隠すように、世界を薄紅色に染めていく。
終