夜の色が深まる頃、十番隊執務室では日番谷との姿があった。
とっくに業務時間は過ぎているのにも関わらず、隊長と三席が執務室に残っている理由は単純明快。
仕事が終わらないからだ。
事の発端は、三番隊・十一番隊・十三番隊の書類が全て十番隊へと廻ってきたせいだった。
元の隊に送り返そうとしたが、全て逃げられてしまった。おまけに、それらの書類は全て提出期限が今日までの書類。誰かがやらなければならない仕事。
『自分たちは関係ない』と言って放棄することもできたが、責任感の強い日番谷がそれを行使することはなかった。その結果、十番隊の隊士総出で書類と格闘することになったのだ。
皆、ほとんど休みなしで作業を進めた。今ここに山のように積まれている書類は、全て隊長の判を押せば提出できるものになった。
だが、その前に最終確認をしなければならない。それが一番時間もかかるし、細かい神経を使う。思ったとおりに作業を進めることはできない。現に、机の上にある書類が減っているようには見えなかった。
「書類が全然減らない…」
「…………」
つい愚痴をこぼしてしまう。その隣で日番谷が黙々と作業を進めているが、それでもその眉間の皺は深々と刻まれている。理由は、一向に終わらない仕事と今ここにいるべき人がいないせいだった。
今までずっと耐えてきたが、もう我慢の限界だった。
「松本はどこに行きやがった!!」
「乱菊さーん!!」
乱菊が「書類提出してきますねー」と言って執務室を後にして二時間以上経つが、戻ってくる気配はない。霊圧を探っても見つからないし、『仕事が嫌で逃げ出したのでは』と思ってしまうのは、やっぱり疲れているせいだろう。
「…おなかすいた」
「……そういや、飯食ってねえな」
日番谷にそう言われて、それに対して答えようとした、刹那。
くうぅ。
口よりもお腹が先に返事をした。
大失態を演じてしまい、は恥ずかしくて日番谷の顔も見れなかった。だが、
ぐうぅぅ。
日番谷のお腹も鳴った。しかも、のよりも豪快に。
が顔を上げると、日番谷はばつの悪そうな顔をしていた。
しばらく見つめ合っていた二人だが、
「飯食いに行くか…」
深くため息をつきながら、日番谷が立ち上がった。
一方、は『隊長が食事から戻ってくるまでに少しでも書類を減らさなくちゃなー』と考えながらもすぐに動き出すことはできず、近くにある書類の山を眺めていた。
すると。
「おい、何やってんだ?」
日番谷がの目の前に立っていた。
何もせずにボーっとしていたことに対して注意されたと思い、
「すみません。いますぐ仕事を再開します」
は止まっていた手を動かそうとしたが、日番谷によって止められた。
日番谷の行動がいまいち理解できないは首をかしげながら目の前にいる相手を見上げる。
「隊長?」
「そういう意味で言ったんじゃねぇ」
「えっと…。なら、どういう意味で言ったんですか?」
がそう尋ねると、日番谷は大きなため息をついた。
そして。
「ふぇ?」
椅子に座っていたの腕を引っ張り、無理やり立ち上がらせた。
「飯食いに行くぞ」
「でも、仕事がまだ…」
「戻ってきたらやればいいだろ。今は仕事より飯だ」
そう言うと、日番谷はの腕を放し、さっさと歩き始めた。
は日番谷の後についていく。
「なんか食いたいもんあるか?」
「えっと、特にないです」
「なら、俺がよく行く店でいいか?」
「おまかせします。あ、でもあんまり高いお店は…」
「心配すんな。ちゃんと考えてる」
日番谷は後ろを振り向くことなく歩き続けている。
そんな日番谷の背中を見つめながら、は笑みを浮かべていた。
日番谷の顔は見えないけど、発せられる声がなんだか楽しそうで、それがとても嬉しかった。
『書類で山ができるくらい仕事があるのは嫌だけど…』
静かな夜に、日番谷と二人きりの時間。
そう思ったら、たまには残業も悪くはない。
終