闇の現




負けた。
アイツを連れ戻しに来た破面に、負けた。
気を失う瞬間、声が聞こえた。
誰かが叫んでいるが、分からなかった。



「……………」

真っ暗だった。目を開けているはずなのに、周りは闇で溢れていた。
光が見つからない。どこを見ても光がない。
理由は分かっている。
ここにがいないから。
がいない。どこを探してもがいない。
この闇は俺自身、俺の心だ。
俺は光を失った。
は俺のたったひとつの光だったのに。
大切なものを失ってしまった。
これから俺はどうすればいいんだ……。
考えても、考えても、答えはひとつしか浮かばない。
"死"しか、浮かんでこない。
死ぬのは怖くなかった。
分かっていたことだ。
死神は死と隣り合わせなんだって。
そう思うと、俺はそっと目を閉じた。
闇がさらに深くなる。俺の意識は下へ下へと堕ちていく。
刹那。


「ねぇ、冬獅郎」
「なんだ?」
「私より先に死なないでね」
「……はぁ?」
「だって、隊長さんの仕事は大変でしょう?だから……不安なの…」
「バカ野郎。死なねぇよ」
「絶対だよ。約束ね」


はっと目を覚ます。
相変わらず、闇が広がっている。
相変わらず、光はどこにも見えない。
だが、それでも、聞こえた。
声が、聞こえた。
闇の中で、の声が聞こえた。
昔、俺が隊長になったばかりのときに、が俺に言った。

『私より先に死なないでね』

とても不安げに、とても儚げに、は言った。

『死なねぇよ』

そんなが見たくなくて、そんな顔をして欲しくなくて、俺は言った。
それなのに、なに弱気になってんだよ、俺は…。
約束したじゃねぇか。より先に死なないって。
誓ったじゃねぇか。を護るって。
それなのに……。


「冬獅郎!!」


まただ。
また、声が聞こえた。
間違いない。の声だった。
気を失う瞬間、聞こえた声は、叫んでいたのは、だった。
その声がすげぇ悲しそうで、すげぇ苦しそうで、そんなの聞きたくねぇよ。
そんな声、今にも泣き出しそうな声、聞きたくねぇよ。
このまま……。


「このまま死んでたまるかよ!!」


光が見えた。
今までずっと、闇しか見えなかったのに。
光に向かって、走り出す。
がいない世界になんて、行きたくない。
もし俺が死んだら、二度とには会えない。
に会えないなんて、絶対に嫌だ。
走って、走って、走り続ける。



「隊長!」

目を覚まして、一番最初に見たのは松本だった。
泣きそうな顔で、今にも涙がこぼれそうな瞳で、俺のことを見ている。
そんな松本、今までに見たことはなかった。

「……松…本…」

言葉が出てこない。名前を呼ぶことしかできなかった。
それでも、

「たいちょー!!」

松本は俺に抱きついてきて、思いきり泣いた。涙がぽろぽろと零れ落ちて、俺の死覇装を濡らした。
松本の涙がすごく熱い。松本の温もりが伝わってくる。
俺はようやく『戻ってきた』と思えた。
そして、俺は感謝した。
闇の中を導いてくれたに、俺の身を心配して泣いてくれる松本に、心から感謝した。










闇の現……暗闇にまぎれた現実。乱れまどう時の、わずかの時間の本心(広辞苑より) (09.01.20)

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