喪失




藍染が起こした反乱からまもなく、死神代行組が破面と接触したという報告が入った。
尸魂界はすぐにそれに対応。日番谷は、破面討伐隊の現場指揮官として現世にやってきた。
死神代行組と合流してまもなく、日番谷の前に一人の少女があらわれた。
それは日番谷がよく知る人物だった。

「……、なのか?」

あの日、藍染とともに虚圏へ行ってしまった、だった。 日番谷の部下で、同期で、親友。
けれど…。

「あなた、だあれ?」

は記憶を失っていた。
虚ろな瞳で日番谷を見ている。
漆黒の瞳。吸い込まれそうになる闇の色。
日番谷が、何か言おうとしたそのときだった。

「帰らなきゃ」


藍染様のところに。


の口から『藍染』という言葉を聞いた途端、日番谷はの腕を強く掴んだ。

「離して」
「断る」

離したくない。
もう二度と、この手を離したくはなかった。
ぎゅっとを抱きしめる日番谷。
の温かい身体。の心音が日番谷に伝わってくる。
は抵抗しなかった。
目を閉じて日番谷のぬくもりを感じていた。
すごく懐かしいような、少し苦しいような、いろんな気持ちがの心の中でぐるぐる廻っていた。



「たいちょー。今までどこ行って……!」

日番谷の隣にいるを見た瞬間、乱菊は驚愕した。信じられない、と顔が訴えている。
乱菊はそばに駆け寄り、を抱きしめた。

!本当になのね!」
「…………」
「松本。気持ちは分かるが、その辺にしてやれ」

顔が乱菊の胸に当たって息ができないを見て、日番谷は小さく呟いた。
乱菊は「ごめんね!」と言ってを離した。
開放されたは何度も深呼吸を繰り返している。

「苦しかった…」
「ごめんね。つい、嬉しくて…」

何か嬉しいことがあったとき、乱菊はのことを抱きしめていた。
同じだった。執務室で過ごした、三人で笑い合ったあの頃と。
二人の様子も、会話も、それを見つめている自分も。
まるで昔に戻ったようだ、と日番谷は思った。
きっと乱菊も同じ気持ちなのだろう、とも思った。
乱菊は日番谷のほうを見て尋ねる。

「でも、どうしてがここに?」
「黙って抜け出してきたらしい」
「逃げてきたということですか?」
「いや、そうじゃねえ。は今、記憶を失くしている」
「えぇ!?」

驚いた乱菊は慌ててのほうを見た。
はいきなり見られて驚いたのか、びくっとして不安そうに乱菊と日番谷を見ている。
そんなを安心させるように日番谷は小さく微笑み、の頭を撫でた。
少し安心したのか、も小さく笑った。
すると、は日番谷の腕をぎゅっと掴む。日番谷はその仕草に覚えがあった。

「眠いのか?」

日番谷がそう尋ねたらはこくりと頷いた。
一緒にいるとき、眠くなってくると、は日番谷の腕をぎゅっと掴んだ。
記憶を失くしても、身体は覚えているらしい。
隣の部屋に案内すると、はすぐに眠ってしまった。
とても穏やかな寝顔だった。見ていて笑みを浮かべてしまうくらい。
日番谷はの頭を優しく撫でた後、乱菊が待つ部屋に戻った。
乱菊は日番谷に問う。

「隊長。これからどうするんですか?」
「分からん。だが、藍染には渡さない」



日番谷と。二人で買出しに出かけたときだった。
目の前に突如あらわれた痩身で真っ白な肌をした黒髪の男。
左頭部を被う仮面。喉元には虚の孔。
一目見ただけで破面だと分かった。
はとても悲しそうに彼の名を呼ぶ。

「……ウルキオラ…」
「戻るぞ。藍染様がお呼びだ」

二人の会話を聞いて、日番谷はの前に立ち、言う。

「断る。は絶対渡さねえ」

対峙する日番谷とウルキオラ。
は何か言おうとしたが、その声が二人に届くことはなかった。
日番谷がの周りに結界を張ったために。
そして。


「卍解!大紅蓮氷輪丸!!」


卍解する日番谷。それを冷たい眼差しで見つめるウルキオラ。そんな二人を見ていることしかできない
は結界に自分の手を打ち付けた。
それくらいで結界が破れることはないと分かっているのに。
何度も結界を叩くが、衝撃は一切なかった。
結界がを傷付けることはない。『護りたい』という日番谷の強い意思が結界に触れるたびにへと伝わってくる。
の瞳から涙が溢れ、頬を伝い落ちていく。


『戦って欲しくない…。ウルキオラも、あの人も、傷付けて欲しくない…。私にとって、大切な……!』


の目の前で赤い『何か』が降った。
雨のような『それ』が血だと分かるのに時間はかからなかった。

「冬獅郎!!」


氷の羽根が消えて、白い羽織が紅く染まっていく。
同時にを守っていた結界も解けた。
は日番谷に駆け寄ろうとするが、ウルキオラに腕を掴まれてしまった。

「ウルキオラ!離して!」
「……………」

懇願する。それに対し、何も言わないウルキオラ。
ずっと黙っているが、の腕を掴んだまま、離そうとしない。
虚圏へと続く穴・黒膣を開き、を無理やり連れていく。


「冬獅郎!冬獅郎!!」


は日番谷の名を叫んだ。
黒膣が閉じてしまっても、日番谷が見えなくなっても。
手を伸ばし、声の限り、叫んだ。










 (09.01.07)

[閉じる]