「…チッ。他の隊の書類が混じってた」
「届けてきますよ?」
「すぐ戻ってこいよ」
「分かってますって〜。で、どこの隊ですか?」
「九番隊だ」
「……………」
九番隊と聞いた途端、から笑顔が消えた。書類を受け取ろうと伸ばしていた手も止まり、固まってしまったように動かない。日番谷は「どうした?」と、声をかけようとしたが…。
「たっだいまー!」
ちょうど乱菊が戻ってきて、日番谷は大きく溜め息をついた。
時計を見れば、あと少しで昼休み。業務が始まってから約三時間弱、書類を提出しに行ってから二時間強経っている。
「一体どこで油を売っていやがった!」と怒鳴りつけてやろうかと思ったが、またしても邪魔が入った。
「乱ちゃん、九番隊の書類が混じってたの。届けてきてくれない?」
「んー。どうしようかなー?」
「今日残りの時間は乱ちゃんの仕事手伝う!ついでに今日のおやつは久万里の徳利最中!」
「行ってきまーす!午後には戻ってきまーす!」
そう言うと、乱菊は日番谷から書類を受け取り執務室から出ていった。
執務室にいるのは日番谷と、二人だけ。日番谷はの方を見た。
さっきからの様子がいつもと違うから。日番谷はその理由を知りたいと思った。
だが、自分から聞こうとはしなかった。
話したくないことかもしれないし、聞いていいことなのか、判断に迷ったからだ。
そんな日番谷に対し、は苦笑いを浮かべながら、言う。
「ご飯食べながらでもいいですか?」
「…いいのか?話したくないなら無理しなくていいぞ」
「ううん、むしろ聞いてほしい。冬獅郎に隠し事してる感じがして嫌だから」
が敬語を使わなくなったのは、ちょうど昼休みを知らせる鐘が鳴り響いた後だったから。
日番谷も特に何も言わなかった。公私混同してはいけないと分かっているが、それでもに『冬獅郎』と名前で呼ばれて嬉しかったから。
東仙が九番隊隊長に就任してまもなく、は東仙と『正義』について、討論したことがあった。
否、討論とは言えないかもしれない。一方的に質問されて、思ったとおりに答えたら激怒された。それだけだから。
「東仙に何て言ったんだ?」
「たしか…『正義なんてモノはない』かな」
「……成程な」
己の正義を貫こうとする東仙にとって、の答えは侮辱にしか聞こえなかったのだろう。
けれど…。
「それから次の日に異動命令が出た。自分から希望を出して異動したことはたくさんあったけど、異動させられたのは後にも先にもあのときだけだったな」
気に入らない隊員を他の隊に異動させるのは、どうしても納得できなかった。
自分と考えが違うから。そんな下らない理由で。
「それ以来、九番隊には近付かないようにしてるんだ。あっちは私に会いたくないだろうし。私も会いたくはないし」
「……いいのか?」
日番谷はひどく驚いた表情を浮かべて、尋ねた。
の口から『会いたくない』なんて言葉を聴くとは予想してなかったから。
本当は違うのではないか、と思ったから。
は目を閉じて、しばらく考えた。
自分自身の心に問いかけながら、頭の中で聞こえる声に耳を傾けながら、答えを探していく。
「正義がない…だと?」
「十人十色って言葉があるでしょう?ヒトは一人一人違って、それぞれ違った考えを持ってる。誰かが正しいと思っていることは他の誰かにとっては間違っていることかもしれない。だから、正義なんてモノはないと思う」
「…君は間違っている!今の君の発言は正義を悪と言っていることと同じだぞ!」
「…私の発言は君を不愉快にさせてしまったみたいだね。ごめん」
「謝罪する気があるなら今の発言を撤回しろ!」
「それは出来ないな。さっきの言葉は私の本心だから。私自身が間違いだと思わない限り撤回することはできない」
「…不愉快だ!」
「どうやっても、どんだけ頑張っても、無理なことはあるでしょ?これもきっとそう。努力とか精神論とかじゃどうにもならないことなんだよ」
そう言って、は小さく笑った。困ったような笑顔で、『これ以上は言わないで』と瞳で訴えていた。
きっと自身分からないのだろう。どうしてなのか、言葉では言い表せないのだろう。
考えても答えは出てこなくて、それでも精一杯考えて考えて、考え抜いて出した答えがさっきの言葉なのだ。
そんなの表情を見て、すぐに分かった。
だからこそ、日番谷は何も言わなかった。何にも言えなかった。
終