「お邪魔しまーす」
「ちゃん、いらっしゃい」
「……京楽…隊長」
八番隊執務室の奥へと進みながら、部屋の中をぐるりと見回した後、は京楽に尋ねた。
さっきまで見せていた笑顔は一瞬で消え去り、今は不機嫌そうな表情を浮かべている。
「…ナナちゃんは?」
「七緒ちゃんはいないよ。女性死神協会の集まりがあるとかで」
京楽の返事を聞くや否や、の不機嫌は増した。それに対して京楽は小さく微笑んでいる。
隊が違うとはいえ、三席が隊長にそんな態度をとることは有り得ないのに。
だが、それでも一向に反論が返ってこないのは、京楽はそれを咎める気はないらしい。
お互い会うのは久しぶりだが、どちらも相も変わらぬ様子で、何故か安心してしまった。
「一杯どうだい?」
そう言って手にしていた酒瓶をに見せる京楽。
それを見たは、どうして執務室に酒が置いてあるんだ、と正直呆れた。
他隊のことに対してあーだこーだと文句は言いたくないが、今回はそうも言ってられなかった。
「……今は業務時間内のはずだけど?」
「いいじゃないか。昼間から飲むからうまいんだよ」
「生憎、私は酒が苦手だ」
「なら久里屋の徳利最中はどうだい?」
「だから、酒全般ダメだって言ってんだろ」
今度同じことを言わせたらぶん殴る、と心に誓う。
だが、それに感付いたのか、京楽は戸棚から違うものを出してきた。
「なら普通の饅頭ならいいだろ?」
「……中身は何?」
「もちろん、こしあんだよ」
「………少しだけ付き合ってやる」
「それは嬉しいね」
酒が苦手で、飲み会でもあんまり飲まないこと。
饅頭が好きで、中でもこしあんが大好きなこと。
前者を知っているからこそ、ついついからかってしまう。
後者を知っているからこそ、不機嫌のままにはさせない。
『全く。そういうところは変わらないな…』
小さくため息をついた後、は奥にある給湯室に向かった。
自分と京楽、二人分のお茶を淹れて執務室に戻ってくる。
「ありがとね」
「どういたしまして」
「なー、京楽」
「なんだい?」
「最近任務に出る回数が減ったんだけどさ、何でだと思う?」
「…さぁね。日番谷君に直接聞けばいいじゃないか」
「もう聞いた。でも、答えてくれないんだよね」
「…そうかい」
「何でなのか、なんとなくは分かるよ。だけどさ、やっぱり納得いかないんだよね」
ぶー、と頬を膨らませる。
それを見る京楽の眼差しは優しく、少し切なそうだった。
ではない誰かを、ここではないどこかを、見つめているようだった。
京楽はすぐに笠で顔を隠したが、はその瞳と表情を見逃さなかった。
だからこそ、
「お前もちゃんと話したほうがいいと思うぞ」
は小さくそう呟いた。
誰に、とは言わない。何を、とも言わない。
その必要はない。言わなくても分かっているから。
「……ちゃん、」
「さて、と。そろそろ帰るよ」
残っていたお茶を一気に飲み干すと、はサッと立ち上がった。
ぐいーっと体を伸ばした後、ニッと笑みを浮かべる。
「じゃ、またな。今度はナナちゃんがいるときに来るよ」
「いつでもおいで」
「やーだ。おじさんの顔なんか見ても楽しくないし」
「つれないなー」
「……ま、気が向いたらな」
「楽しみにしてるよ」
終